ICPC World Finals 2025 Baku (2025/08/28 - 09/06)
アゼルバイジャンの首都バクーで開催された ICPC World Finals 2025 に東京大学チーム Screenwalkers のコーチとして参加しました。
日程
| 日付 | 内容 |
|---|---|
| 08/28(木) | 日本出国 |
| 08/29(金) | アゼルバイジャン入国 (前泊 1) |
| 08/30(土) | 観光 (前泊 2) |
| 08/31(日) | レジストレーション |
| 09/01(月) | 開会式 |
| 09/02(火) | リハーサル |
| 09/03(水) | ICPC Challenge |
| 09/04(木) | ICPC World Finals Baku, 閉会式 |
| 09/05(金) | アゼルバイジャン出国 |
| 09/06(土) | 日本帰国 |
アゼルバイジャンについて
なかなか聞きなじみのない国かと思います。噂に聞いていた開催国候補からはだいぶ離れていたので、今年 2 月に開催地が決まったときには思わず二度見してしまいました。

事前情報としては、カスピ海に面していて油田がある、旧ソ連の一角、建物の形が特徴的、至るところでヘイダル・アリエフの名前が冠されている、チェスのガルリ・カスパロフの出身国、親日国、隣国のアルメニアと戦争をしている、...などのことがわかりましたが、やはり謎が多いというのと人生で今後行く機会がなさそうという点で実は結構楽しみではありました。あと、今度アゼルバイジャンに行くという話を人にするだけで意表がつけるので面白いです。

基本情報としては以下のような感じです。
- 公用語: アゼルバイジャン語 (トルコ語に似ているらしい)
- 通貨: マナト (1 マナト約 90 円)
- 標準時: UTC+4 (日本の 5 時間前)
- 首都: バクー
- 人口: 約 1000 万人
- 面積: 86600 ㎢ (日本の約 1/4)
- ビザ: 必要だが、日本はアライバルビザが使用可能
実際行ってみてどうだったかについてはまた後程ということで、まずはコンテストの方を振り返りたいと思います。
コーチとしてやったこと
一言で言うと、ICPC 運営と選手の間を繋ぐバッファ的なのがコーチの役割だと言えますが、ここでは私が今シーズンやったことを見ていきます。
事務手続き
コーチのメインの仕事です。重要かつコーチにしか来ない ICPC からのメールが結構あるので、そこら辺を逃さないようにウォッチしつつ、必要な部分は選手にも伝達したり、自分で作業したり、質問がある場合はメールを送ったりという感じです。Regional 以降メールは全て英語で来るので、若干面倒ではあります。また、質問メールは往々にして返信が来ません。
大会への同伴
オンサイト大会での保護者役です。選手のいる場所を常に把握しつつ、会場移動があるときに誘導するとかですかね。あとは海外オンサイトへ行くとなると 1 週間前後という長いスパンで時間を共有することになるので、人間関係的なところも意外と重要なのかなとも思います。個人主義社会の東大に特有の話かもしれませんが、最初の頃は面識が薄くぎこちなさがあったかもしれません。しかし台湾、シンガポールと行って今回 3 回目ということで、お互いにある程度手の内がわかった状態で迎えられたのは、特に心配事がなくて良かったかなと思います。のいみコーチの世界線ではどうなっていたことやら...。
WF で感じましたが、海外の大学はココーチを何人も立てて大勢で来ているというところも多いなという印象があります。
の禁止
非自明な貢献ポイント (?) です。去年の国内予選以来、特に横浜のときなど、大会直前は を見ないようにした方が良いと口うるさく言っていた気がします。一方で、同じ東大の SPJ には勝ち筋を減らしてしまって若干申し訳なさはありました。
今回の WF では、こちらからは APAC のブログに書いたくらいで直接は言ってませんでしたが、一か月前に E8 くんが自主的に辞めていたのには感動しました。直前期になってプログラミング甲子園の方の問題で一時的に twitter 復活しているという話を聞くまでは。これには話が違うと思いましたが、結果的には大事にならなくて良かったです。
コーチング
してません。というか特にすることがないです。強いて言うなら、練習の近況を定期的にしてくれたのでそれについてコメントしたり少し会話したりというところです。練習のパフォーマンスに対する自己評価が低いこともあるので、そういうときは褒めるようにはしていました。
ICPC 国際大会にも色々行って海外チームのコーチと話す機会も多々ありましたが、技術的な練習指導をしてるコーチが多かったり、そもそもほとんどのコーチは学生ではなく大学の先生だったりと、学生主体の日本の競プロ環境は特異的なものだということがわかりました。
参加まで
WF 関連で行った手続きや、関連する話題を記録に残っている範囲で時系列順に示します。基本的に ICPC Manager から当初伝えられるスケジュールと比べて後手後手で進んではいました。今後の WF 参加者の参考になればと思います。
- [03/01] Asia Pacific Championship
- [04/??] WF 進出チームの発表
- [05/01] チームで会議をして、予定スケジュールの 2 日前に到着するフライトを予約。補助の有無や額についてはこの時点ではまだわかっていなかったので、できるだけ安くなるように HIS 経由でカタール航空のフライトを取りました (4 人で往復 70 万円)。できるだけ安く取りたい場合は、公式サイトだけではなく skyscanner などもチェックするのが良さそうです。
- [05/12] 情報科学国際交流財団 (IISF) の方から旅費補助についての連絡。コーチ含め、参加者 1 人あたり 15 万円 (合計 60 万円) の補助をいただきました。今年の横浜には JAG スタッフとしていったのですが、IISF の方にメールのやり取りで名前を覚えられていて驚きました。横浜の夜は IISF のサポートにあずかり焼肉に行ったりしましたが、ここで無駄に豪遊することで選手の補助が減ってるのでは?と思ったりもしました。
- [06/05] ICPC Manager からの正式な WF 招待メール。5 営業日以内という短い期間でパスポートなどの情報を ICPC global に登録して Certificate する必要があったので、ちゃんと連絡を見逃さないようにするのが大事です。また、ここで T シャツと T シャツに書かれる文字の色の選択も行うので、WF 参加チームは事前に準備しておくとよいと思います。今回は我々で好きな色を選んでしまいましたが、一般的には大学のカラー (例えば東大だったらライトブルー?) を反映させるのが良いようです。
- [06/24] 予約したフライトの経由地ドーハ空港が一時的に閉鎖。その後、原因となったイスラエル・イラン戦争が停戦合意したと受けて少し安心しましたが、政情的な不安定さが垣間見える出来事でした。
- [07/??] ICPC global の status が Accepted になる。Certificate したら一週間くらいで Accepted になると言われていましたが、実際には一か月かかりました。
- [07/19] WF と同じホテルでの前泊の予約。同じホテルに泊まりたい場合は、WF 専用の予約サイトでやるといいと思います (その連絡来たのが 7/15 だったので結構ギリギリでしたが...)。
- [07/26] 本番用の OS image と practice contest の情報のメールが来る。私も一応試しましたが、横浜などの Regional とだいたい同じ感じの Ubuntu 環境でした。
- [08/05 - 08/09] Screenwalkers が中国・清華大学で開かれた ICPC トレーニングキャンプに参加。5 回のコンテストで中国強豪チーム相手に優勝含めてかなりの成績を収めていたようで、本番の金メダルもかなり濃厚なのではないかと思っていました (彼らは金の確率はまだ低いと言っていましたが)。
- [08/25 - 08/27] 荷物準備。ICPC は T シャツがたくさんもらえるので、服のことについてあまり考えなくてよくて助かります。
- [08/28] 日本出発。特に問題なく出国できました。
E8 カラー! pic.twitter.com/ve7vk2Jb5e
— tokusakurai (@tkskri_kypr) 2025年8月31日
コンテスト
競技会場では大学のプラカードを持って入場というイベントがあるようで、朝はコンテスト開始よりもしばらく前に選手と別れることになりました。square くんから本番の前に最後にコーチから何か言うことを考えてください、という無茶振りをされていたので「世界大会なのでリージョナルや APAC の時よりは大変な戦いになるかもしれないですが、金メダルや日本史上初の 2 位以上もとれると思うので頑張ってください」と言って送り出しました。当日の朝は E8 くんと square くんは競プロの話をしていて、当日 20 歳になった KoD くんは冷静な様子で、全体的にいつも通りだったので本当にやってくれそうな感はありました。競技が始まるまではしばらく時間があったので、山口先生のお子さんが会場内にあるクレーンゲームでお目当てのものが取れるまで見届けるなどしていました。
競技本番中は、問題を見たりご飯を食べたり配信に出たりという感じで結構あっという間だったなと思います。Screenwalkers は序盤からハイペースで、中盤終盤になってもペースが落ちずに提出が続くので、いつも安心して見ていられます。WF 本番もトップグループを走り続け、凍結前 1 位で凍結後に 1 問提出してそれも通っていそうという素晴らしいパフォーマンスを見せてくれました。配信の合間には、山口先生と筧先生と一緒に食事に行くという貴重な一幕もありました。
ライブ配信
Youtuber になることです。去年の横浜でも同じように配信に出たので、はいはい配信ねみたいな感じで特に緊張したりせず出られました。配信用の PC の画面は順位表、各チームのスクリーンや定点カメラの映像など色々映せて設定もたくさんあったため老人には扱いが難しかったですが tatyam くんは使いこなしていて格の違いを見せつけられました。横浜の時は配信用の部屋があったのに対して、今回は会場の中のスポンサーブースや chill zone (ゲームコーナー) があるのと同じ開けた空間に、中国語、ロシア語、スペイン語など合わせて各国の配信ブースがある感じでした。こうして日本語用の配信ブースを用意していただけてるのは嬉しいことです。
配信やってます!https://t.co/xRqSxzSH3m pic.twitter.com/tZ7VK9Bx1J
— tokusakurai (@tkskri_kypr) 2025年9月4日
配信では同じコーチの tatyam くん naniwazu くんだけでなく山口先生ともご一緒させていただく機会があり、主にお金回りの世界の ICPC 事情について聞けてためになりました。日本ではなかなかそんなことはなさそうですが、WF 出場はミリオンダラーになるチャンスらしいです。終盤は東大ウォッチャー川崎さんこと maroon さんが来て、視聴者置いてけぼりで爆速問題解説を始めていて面白かったです。当初は配信見に来る人は 15 人くらいだと聞いていましたが、常に同接 100 人くらいいて思ったより反響ありそうな感じでした。
Closing Ceremony
コンテスト会場からちょっと離れて Baku EXPO Center というところで行われました。会場は照明やスポットライトが派手に使われていて、Astana WF の中継で見たのは実際に来るとこういう感じだったんだなと思ったのと、今シーズンの ICPC もこれで本当に最後なんだなと少し感慨がありました。会場はテーブルで料理を囲む形でしたが、このときはそんなに食べる気になれず、なんで食べないのと言わんばかりに追加で配膳してくださるシェフの方々には申し訳なかったです。

例によって私にだけ凍結後の結果を教えてくれて、B 問題が追加で通っていて他のチームの提出が全て Yes だったとしてもペナルティを考えると 3 位以内は確定しているとのことだったので、Yes/No の最終盤以外は他チームの結果に注目していました。しかし、日本から一緒に行った京大、科学大、徳山高専や NUS、NTU などシンガポールで活躍していたチームが苦戦しているようだったのを見てなかなか心苦しかったです。皆さま本当にお疲れさまでした。

メダル圏内の発表が近づくと表彰台の目の前に集められ、いよいよフィナーレという感じです。銅メダル、銀メダル、金メダルの順に確定していって、最後は St. Petersburg State University が G を通していれば単独 11 完で優勝、そうでなければ The University of Tokyo の優勝という一幕でしたが、結果は Yes でした。周りの人の雰囲気から St. Petersburg がやったというのは概ね前もって感じていたのですが、最後の 2 分で AC するのは強すぎるの一言です。Screenwalkers の 2 位ももちろん大変なる偉業で、本当にやってのけるとは...。改めて本当におめでとうございます。

ICPC Challenge
ICPC 本番の前日にある、Huawei 主催の 3 時間マラソンコンテストです。選手は 3 人のチームで出ますが、コーチ用の枠と賞品も用意されてます。ただし、コーチ用の PC は用意されていないので、待機室で各自の PC で勝手に出るという形でした。私は PC を持ってきておらず、iPad でスマホコーディングになってしまった上方針を大分外してしまったので特に語ることがありませんが、問題自体は面白くてもうちょっと取り組む時間があればなぁというところでした。コーチ用の方も想像していたよりもかなり鍛えられている方が多く、ここで高順位を取るのはかなり大変だなと思いました。
ラスト 1 時間は凍結されるので例によって Yes/No 的な凍結解除イベントがありましたが、最初の方は勢いよく解凍していって激しく順位表が乱高下するのが見ていて面白かったです。Screenwalkers は優勝とここでも抜かりなくさすがの結果でした。

ギャラリー
壮行会
行きのフライトが深夜の羽田だったので、出発する前に空港内のレストランでディナーしないかという誘いが E8 くんから来たので行くことにしました。食事はビュッフェ形式でしたが、海鮮やてんぷらなどの日本食の美味しさを最後に胸に刻むこととなりました。

フライト
行きも帰りもカタール航空のドーハトランジットで、東京 - ドーハ (10 h) + トランジット (5 h) + ドーハ - バクー (3 h) くらいでした。東京ドーハのロングフライトは往復ともに夜出発だったので良く寝られましたが、その一方で腰や尻の収まりが悪くなって 1 時間起きくらいに目が覚めてしまったのはきつかったです。カタール航空 (JAL との共同便) は、機内の照明がおしゃれな感じなのも良かったです。JAL 便は機内食も特に美味しかったです (ハーゲンダッツがある)。
ドーハ空港での 5 時間は暇でしたが、空港が大きくて散策してるだけでも割と面白かったです (巨大なクマがいたり、モノレールが走ってたり、植物園があったりとか)。ドーハは日本とも比べ物にならないほど暑く、湿度が 80 % を優に超える中気温も 40 度を超えるので溜まったものではありません。空港ではペットボトルの水が 700 円するなど、なかなかエクストリームな国でした。

ドーハバクーは国内線と同じくらいの感覚で、かなりあっという間でした。行きは飛行機もかなり小型 (3 + 3 の 6 列) だったので、これから離島に行くのかというような感覚がありました。
アゼルバイジャン・ヘイダルアリエフ空港に着くと、まずはビザ申請があります。通路にある券売機のような機械で、近くにいたおじさんの言う通りに進めるとすぐに発行できましたが、出てきたビザは字が掠れたレシートみたいな感じで、ビザってこんな適当なものだったのかとやや拍子抜けしました。荷物を回収しているとディスプレイに ICPC World Finals 2025 の広告が出てきたので、やはりこれは国家的にも一大イベントなのだなと思いました。
アゼルバイジャンに着きました🇦🇿 pic.twitter.com/EmgjvWuQ52
— tokusakurai (@tkskri_kypr) 2025年8月29日
ホテル
ホテルは Baku Marriott Hotel Boulevard でした。オフィシャルな大会期間はこちらの負担なしで宿泊でき、前泊 2 日は自費での宿泊となりました。前泊の方は ICPC 運営からそれ用の予約ができるサイトが送られてきたのでそれを使いましたが、4 人 2 泊 2 部屋で 7 万円ちょっとでした。

部屋は広くてジムもあったりと設備はとても良かったですが、レストランの庭園が中でも良かったなと覚えています。ジムでは NUS の yuto さんやコドフォの Mike さんなどに会いました。競技プログラミング筋トレ部も盛り上がるかもしれません。全体的にとても良いホテルで素晴らしい一週間を過ごせました。


カスピ海
やはりアゼルバイジャンと言ったらカスピ海は切っても切り離せません。カスピ海も間近で見てみるととても面白く、水中からガスのようなものがブクブクと湧き上がって油のように広がったり、水面が一部ザラザラしているところがあるのが見られました。おそらくどっちも天然ガスや石油に依るものなのかなと思いますが、ここに油田が広がっていることを実体験として確認できて興味深いです。


山の上にある展望台からの眺めもとても良いものでした。上から見るとやはり奇妙な形の建物の多さを再認識できます。


観光
旧市街地は白いレンガ造りの歴史ある建物が立ち並ぶ綺麗な街並みが広がっていました。建物や地面が白いので、色々な方向から光が反射してきてかなり眩しかったです (日焼け止めを持ってきてよかった)。ともあれ、バクーにいた期間はずっと快晴でとても気持ちよく過ごせました。
今日は観光してます pic.twitter.com/Y3DypTfZZu
— tokusakurai (@tkskri_kypr) 2025年8月30日
アゼルバイジャンでは、シルクロードの通り道で中国からの文化が入ってきていることもあり、古くから絨毯作りが盛んです。街中でも絨毯が広げられている所があり、専用の博物館カーペットミュージアムは大量のカーペットが展示されていて壮観でした。細かいものでは 1 m 四方が 1000 * 1000 に分割されているようで、その製作に思いを馳せるだけで気が遠くなってしまいそうです。

建物
癖の強い建造物群をいくつか紹介したいと思います。フレイムタワーやヘイダルアリエフセンターなど、バクーを google 検索したら出てくるようなものだけではなく、全体的に曲線的な建物が多くて歩いているだけでも面白かったです。色々ありましたが、個人的に一番インパクトあったのはカーペットミュージアムですね。カーペットミュージアムってミュージアムをカーペットにすることではないのかと...。




食事
期間中はホテルや会場で用意されているビュッフェが多かったので、アゼルバイジャン料理を食べれたのは前入りして観光した日だけでした。ビュッフェ形式の食事では、シェフがその場で作ってくれるオムレツが美味しかったです。そこで並んでいて少し皆さんをお待たせしまったこともありましたが...。

旧市街地に観光に行ったときに食べたのは、4 人前の肉 (鶏、羊) や野菜がごろごろ入っているアゼルバイジャンの郷土料理とのことでした。味付けなど口に合わなかった場合はかなり厳しいことになっていたことが予想されましたが、結果は幸いしました。その外にも餃子やピラフみたいな郷土料理もあって気にはなっていたのですが、機会がなくてやや悔いが残ります。

交通
片道 6 車線もあるような道が平然とあり、日本とは比べ物にならないくらい道幅が広いですが、その広さを活かしてか車は車線を突っ切り斜めに走っていきます。会場までの送迎バスも急停車急発進を繰り返したり、前後左右の車にこれでもかというくらいにじり寄ることもありましたが、幸い事故には至りませんでした。車種はトヨタやホンダ、日産など日本の車がかなり多かった印象です (親日が関係あるんですかね)。
地下鉄やバス、ケーブルカーといった公共交通もあります。どれも記憶の範疇では 1 マナト (= 約 90 円) で乗れたので、市街観光に行くときに便利に使えました。ただし、キャッシュレス決済ができなくて現金を使わざるを得ないというのは面倒でした。そもそもアゼルバイジャンマナトがアゼルバイジャン国内くらいでしか手に入らないので、少量であっても両替あるいはキャッシングが必要なのは煩わしくはあります。

ケーブルカーではカスピ海の眺めを楽しんでいましたが、ふと上を見上げたらなんと天井ガラスにバキバキにひびが入っていて、なんともわくわくしました。
生き物
生き物と銘打ってる割にだいたい猫の話です。そうなってしまうくらいにこの国には猫が大量にいるということです。また、日本の猫とは違って警戒心もあまりなく、よく触らせてくれてかわいいです (海外では特に感染症に気を付けましょう)。



植物では、突起物のように大きいへたのようなものがついた赤い実がなっている木をところどころで見かけましたが、これはどうやらザクロのようです。ホテルのドリンクにもザクロジュースが置いてあって珍しいなとは思っていましたが、どうやらこの地域の名産品の 1 つのようです。

chill zone
競技会場のホールやホテルに設置されている、ゲームコーナーです。今回の World Finals で一番楽しかった場所といっても過言ではないかもしれません。ゲームの種類はチェスやオセロなどの古典的なボードゲームからナンプレなどパズルゲーム、テーブルサッカーなどのアクションゲーム、Switch やレースゲームなどのテレビゲームまで幅広く用意されていました。
tokusakuraiさんとチェスを指すも、睨み合いのまま開会式の時間になって終局
— なにわづ.py (@naniwazu_cp) 2025年9月2日
ICPC Foundationの一番偉い人を初観測
ICPC恒例の歓迎ライブ、なんだかんだ好きです
OpenAIの人の話聞けるの嬉しいね
CoachにもChatGPT Proください pic.twitter.com/7zjZzwe5JX
対向車線を爆走するE8くん pic.twitter.com/b2HtbEozDF
— tokusakurai (@tkskri_kypr) 2025年9月1日
チェスはやりたかったですが、初心者の域を出ないので、世界競合がハイレベルな Blitz 戦を繰り広げている中に割って入ることは憚られました。幸い等身大サイズのチェスを少しだけプレイできたのは良かったです。ホテルでは National Taiwan University の I_am_noob さんと象棋 (中国将棋) をやって、二時間くらいやった結果引き分けで終わったのを覚えています。I_am_noob さんと会うのは今シーズンの ICPC でもう 3 回目でしたが、いつもありがとうございます。

優勝チーム St. Petersburg State University の LGM turmax さんとお互いよくわからないまま象棋 (中国将棋) をやったのはいい思い出です。決着がつかないままお開きになってしまいましたが、いつか続きをやる機会があれば嬉しいですね。(実はやっているときは相手が誰かわかっていなくて、チャンピオンと指していたことに気づいたのは帰国してからでしたが...。)

push up challenge
Codeforces の Mike さんが企画した、ホテルで競技プログラマーが一堂に会して腕立て伏せをする謎のイベントです。私も交じってやっていましたが、会場が人いっぱいになるくらい参加者が集まってみんなで腕立て伏せしている絵面がシュールでとても面白かったです。隣の部屋で食事をしていた人たちにもはっきりとわかるくらい盛り上がっていたようです。合計 100 回は優に腕立て伏せをして、日本に帰るまで体バキバキになりました。
ICPC challenge は Screenwalkers が優勝しましたが、裏では腕立て伏せの王を決める戦い ICPC push-up challenge が行われています pic.twitter.com/EUHqpXyl2h
— tokusakurai (@tkskri_kypr) 2025年9月3日
来年以降出られる方は腕立て伏せの練習もやっておきましょう。

お土産
もはや ICPC 名物となりつつある致死量のグッズです。ぬいぐるみとリュックサックがスーツケースの容量を逼迫させてきます。もしかしたら、リュックはスーツケースに詰め込まないで両肩に 1 つずつ肩に下げるスタイルの方が良いのかもしれません。T シャツは大会でもらった大学の名前が付いた 4 枚の他に、配信の時に来ていたものを 1 枚もらいました。実は帰ってから未だに開封していないものがいくつかありますが、こうしてみると結構実用的なものが多そうに見えます (シンガポールのフリスビーはなんだったんだ...)。


アゼルバイジャンのお土産は、アゼルバイジャンティーくらいしか買えませんでした。カーペットとか買えば良かったなと思いますが、カーペットミュージアムに行ったときには値札がカーペットの裏側に貼られているとはいさ知らずだったので仕方なかった気もします。あれが一体いくらくらいだったのか真相は不明のままとなりました。
WF 2026 開催地予想
中国とかメキシコとかブラジルとか色々囁かれてる説はありますが、来年もあんまり予想されていない場所になるんじゃないかということで、カタール・ドーハと予想しておきます。昨今の世界情勢的に開催国はロシアとの関係が悪くない国となっているようですが、直近ではカザフスタン、アゼルバイジャンと旧ソ連の国が続いているので中東地域に戻ってくるのではないかという見立てです。言っといてなんですが、全然大外しになる気がします。現地ではアゼルバイジャンの隣国アルメニアになるのではという話を耳にはしましたが、同じ地域連続しすぎなのではという気がします。次は 50 回の節目なので、どこになるのか見物です。
感想
日本の名だたる選手たちの実績を超えて Screenwalkers が 2 位になったということで意外という意見もチラホラ聞きますが、彼らのチーム練習や戦略洗練のストイックさを知っている身としては驚くべきではないというか、本番で実力を出し切った結果なのかと思っています。何か月も週 4 でチーム練をやっているのみならず四六時中と言っていいほど常に議論を重ねているというのは他に類を見ないと思います。
1 年間コーチをやりましたが、優勝まで手がかかりかけていたほどのチームを傍で見られるというとても役得な仕事でした。WF に一緒に行った日本勢のみなさまにも大変お世話になりました。なんだかんだ今後もチラホラ ICPC に関わる気がするので、また機会があればよろしくお願いします。競プロモチベも復活しつつあるので、今後またコンテストにも復帰するかもしれません。
ドイツ・オーストリア・チェコ (2025/03/03-14)
3 月に大学院の卒業旅行でヨーロッパに行ったときの話です。4 月からは働いたり大学院時代の研究結果をまとめたりと、なかなか時間がなかったので行ってから 2 ヶ月後の投稿になってしまいましたが、これからも何かあったらぼちぼち投稿していきたいと思います。
行程
表題の通り、行った国はドイツ、オーストリア、チェコの 3 ヵ国で、ミュンヘン (ドイツ) → ウィーン (オーストリア) → プラハ (チェコ) → ベルリン (ドイツ) → フランクフルト・アムマイン (ドイツ) の順でそれぞれ 2 泊ずつ宿泊し、各都市およびその近隣都市を観光するという形になりました。

各都市間の移動は全て鉄道です。後述するユーレイルパスの恩恵で、このような旅程を組むことができました。都市間の大移動は全部で 4 回ありましたが、全て 400 km 前後の移動で大体 4 時間くらいの所要時間です。

飛行機
シンガポール -- ミュンヘン
スケジュールの都合上、ICPC Asia Pacific Championship のが終わった後ダイレクトにドイツに向かいます。アラブ首長国連邦の Emirates 航空を利用し、ドバイでトランジットがありました。所要時間は、シンガポール・ドバイとドバイ・ミュンヘンがいずれも約 7 時間で、トランジットが約 3 時間です。片道で約 6 万円とかなりリーズナブルでした。
上空から見たアラブは、砂漠の中に急に都市が現れるという感じて面白かったです。ドバイの空港には、宝くじの景品の高級車がお土産売り場のど真ん中に配されていて、イケイケな雰囲気に気おされました。トランジット後の便で、隣の席の全身刺青のいかついおじさんがコーヒーにミルクを 3 つ入れていたのにギャップ萌え (?) したのを覚えています。合計 17 時間の長大フライトでしたが、時差の関係でシンガポールの朝 9 時に出発して同じ日の夜 19 時にミュンヘンに着きます。機内ではほとんど眠れず、この後時差ボケに苛まれることになります。
フランクフルト -- 成田
帰りはドイツ最大のフランクフルト空港からです。香港のキャセイパシフィックで、今回は香港トランジットです。所要時間は、フランクフルト・香港が約 12 時間、香港・成田が約 4 時間、トランジットが約 1 時間でした。片道約 11 万円でしたが、往復でも約 15 万円だったみたいなので、結果論としてはシンガポールから日本に一回帰ってからまたドイツに行った方が合計金額は安かったようです。
帰りで疲れもあったのでさほどフライトの印象はないですが、ハーゲンダッツが出るなど機内食は良かったです。トランジット後の便は香港現地時間 8 時に出発だったのですが、あまりに眠かったので周りが明るい中でも爆睡を決めることができました。その甲斐もあってか時差ボケはほぼありませんでした。
気候
ドイツの冬は寒そうというイメージだったのですが、大部分を好天に恵まれたこともあって、日中は 20 度になる日も少なくなく暑いくらいでした。ただし、夜はちゃんと冷えるので注意が必要です。シンガポールから飛んで来た日の夜は気温の違いでおかしくなりそうでしたが、それでも日本よりはマシといったところです。空気はかなり乾いているので、すぐ喉が渇いたり皮がパリパリになったりします。
ホテル
各都市のビジネスホテルを Booking.com で予約しました。付けられるところは朝食を付けましたが、3 人で行ったこともあって一日あたり 7000 円くらいで泊まることができました。ベッドはクイーンベッド 1 つ + ソファに簡素なベッドが取り付けられたものの組合せであることが多く、私は後者を使っていました。
清掃のチップは、出かける前にチップを置いて部屋を出ると帰ったときにはチップがなくなっていて掃除がされていて、置いて行かなかったら掃除はされないという感じでした。主だった不便はあまりなかったですが、シャワールームが小さくて扉の下部分ががら空きなので水がだだもれになってしまうところは厄介でした。
トイレ
公衆トイレが基本的に有料で、これまた日本のありがたみを感じるポイントです。しかしながらいくつか例外もあり、例えば飲食店や優等列車の車内、チケットを買って入った観光地など、料金を支払わないと入れないようなところは無料で使えることが多い印象です。また、使えるタイミングで出し惜しみしないことが重要です。有料トイレも街中にありますが、1 ユーロや 50 ユーロセントなどの硬貨が必要になり、現金を持ち合わせていないと厄介です。一度そのような状況になったのですが、そのときはデパートに無料トイレがあって事なきを得ました。さすがにデパートではちまちま小銭稼ぎはしていないようです。
通貨
基本的にユーロが使えますが、チェコでは自国の通貨であるチェココルナがメインです。1 ユーロ約 160 円と信じられないくらい高いですが、それと比べるとチェコはまだ物価は控えめです。食費は一食 20 ユーロくらいが標準的で、クレジットカードが使えなかったところはほとんどないです。現金が必要なのは、街中のトイレやホテルのチップといったところでしょうか。日本で 2 万円を 125 ユーロに両替してから行ったのですが、ほとんど使わずに残っています。
食事
ドイツ
カリーヴルスト
カリー (curry) はカレー、ヴルスト (wurst) はソーセージの意味で、カレーソースがかかったソーセージです。ファストフード店っぽいとことにもよくあるメニューなので、手軽に楽しめます。

フランクフルター・ヴルスト
フランクフルトソーセージです。他と比べて、肉が詰まっていて噛みごたえがある印象を受けました。

日本ではそこら中にありますが、ドイツでは高級菓子と位置付けられているお菓子です。本場のバウムクーヘンはチョコ塗りされているのが標準なようです。

オーストリア
ウィーナー・シュニッツェル
薄い肉をカツレツのように揚げた料理です。豚肉や鶏肉の場合もありますが、ウィーンでは仔牛を使うのが伝統的です。カツっぽい感じがあるので、日本人にも親しみやすい味だと思います。

ウィーン発祥のチョコレートケーキで、下のケーキ部分を上からチョコレートで覆っているのが特徴的です。

アプフェル (apfel) はりんご、シュトゥルーデル (Strudel) は渦巻きの意味で、りんごを生地で渦巻き状に包んで焼いたお菓子です。
チェコ
スヴィーチコヴァー
濃厚なソースがかかった牛肉に、白いパン (クネドリーキ) が添えられた料理です。肉の量に対してパンが圧倒的に多く、フードファイトすることになりました。食べるときは何人かでシェアするのが賢明だと思います。

グラーシュ
牛肉や野菜を煮込んだシチュー系の料理です。ハンガリー料理のグヤーシュに起源をもつようですが、そちらとはまた雰囲気が違いそうです。私が実際食べたときはシチューの容器の部分がパンになっていて、一緒に食べることができて良かったです。

牛肉の生食で、みじん切りしたものを丸めたような形状をしています。パンやにんにくが添えられていることが多いです。今回のヨーロッパ旅行で一番といっても過言ではない美味しさでしたが、日本人の体にも衛生的に大丈夫かはよくわかりません。一応、腹を下したりはしませんでした。

牛肉のカルパッチョ
牛肉の生食その 2 です。こちらは薄くスライスしたものであり、雰囲気は生ハムに近いです。こちらもタルタルステーキに劣らず美味しかったです。
トゥルデルニーク
筒状の焼き生地の中にアイスクリームやフルーツを入れて食べるチェコのスイーツです。見た目はチョココロネみたいな感じですが、表面は砂糖が焼かれていてザラメのようになっています。本当に街中どこでも売っていてびっくりするくらいです。

その他
ホテルの朝食
ビュッフェ形式で、ソーセージやハム、ベーコンなどの豚肉料理、パン、ケーキなどが取り寄せられているのがスタンダードです。飲食店での昼食・夕食で不足しがちな野菜やフルーツを食べれるのが嬉しいところです。水がいくらでも飲めるのも見逃せません。

パン、肉、芋を主体とするドイツ料理をまさしく体現しています。老舗からマクドナルド、バーガーキングなどの日本でもメジャーなチェーン店まで様々な店舗があります。マクドナルドで普通のセットが 10 ユーロ (約 1600 円) かかるので、日本の値上げなんてかわいいものです。

ドイツ料理ではないですが、ドイツにはトルコからの移民が多くいるためメジャーな料理となっています。

飲み物
水の価値が高く、コンビニやスーパーで売っている硬水は 1 Lで 2 ユーロ (約 320 円) かかります。飲食店でも水はフリーサービスではなく、一杯数ユーロはかかります。帰国してからは、当たり前のように軟らかい水が飲めることのありがたみを切に感じざるを得ません。
ビールの方が水より安いというような噂もありますが、さすがにそこまでではありません。とはいえ飲食店では値段も大差ないので、必然的に飲酒の機会が多くなるという感じです。日本のビールよりも味が濃く、黒ビールもあって楽しめました。
観光
ミュンヘン
ドイツの最も有名な観光地の 1 つです。ミュンヘンからは電車で 2 時間のヒュッセン駅まで行き、そこからバスに乗った後歩いて小一時間程山を登らないと着けず、なかなかアクセスするのが大変です。ツアーで中も見ましたが、ルートヴィヒ 2 世の独りよがりの城という感じがして面白かったです。城のさらに奥に進んでいくと、橋の上からの撮影スポットがあり、人がインスタとかに上げてる画像はここから撮ったのかという気分が味わえます。この橋は下が谷底なのに建付けが悪いのでかなり怖かったのを覚えています。

ミュンヘン中心市街地にある宮殿です。中にも入りましたが、ノイシュバンシュタイン城とは趣が異なり、こちらは正統派の宮殿という印象です。1 個 1 個の部屋が広く、まるで迷路のような感じもありました。

マリエン広場
ゴシック様式の建造物を前にした活気のある広場です。冬はクリスマスマーケットも開催されて賑わっているようです。

バウムクローネンヴェーク
ヒュッセンの駅の近くにある木の吊り橋です。アルプスの山々を望みつつ、オーストリアにタッチすることができます。

ウィーン
音楽の都・ウィーンの面目躍如です。ウィーン到着日の夜にオペラ「ウェルテル」を鑑賞しました。横からの客席のボックスの一番後ろを予約していたのですが、幸運にも前が空いていたので最前列から観ることができました。オペラもオーケストラの演奏も圧巻の一言でしたが、時差ボケが残っていたせいで休憩中に寝落ちしてしまい、起きた頃にはクライマックスのシーンになってしまっていたのだけが心残りです。

ホーフブルク宮殿
ウィーンの街並みは白くて整然とした歴史的な建造物が一面に立ち並んでいるのが印象的でしたが、その一角をなすのがこの宮殿です。庭に花がト音記号の形に植えられているのが良かったです。

ホーフブルク宮殿の中にある、世界で最も美しいと謳われている図書館です。上の階までずらっと本棚が並ぶ程の蔵書の多さで、棚番号には見たことのないようなローマ数字が書かれてました。いつの時代の本かはわからなかったですが、見た感じでも数百年くらいは経っていそうな感じです。これだけの蔵書が綺麗な状態で残っているのは貴重だと思います。

シュテファン大聖堂
オーストリア最大の大聖堂です。この大聖堂は階段を上って展望台に出ることができるのが特徴的で、ウィーンの街並みを眺望できます。終わりが見えない螺旋階段をひたすら登ることになるので、酔った状態ではやめた方が良さそうです。

レオポルド美術館
エゴン・シーレとクリムトをはじめとした、ウィーン出身の芸術家の絵画や作品が主に展示されています。やはり、エゴン・シーレの自画像が印象深いです。

カフェザッハー
オーストリアの有名なお菓子であるザッハトルテの発祥となった店です。ザッハトルテは上の板チョコの部分が硬く、全体的にかなり甘いですが、生クリームがほとんど味がしないためバランスが取れているという感じです。美味しかったですが、ザッハトルテと飲み物のセットで 1 人 3,000 円以上とかなり割高です。

プラハ
プラハ城
プラハ城は具体的な城郭があるわけではなく、聖ヴィート大聖堂や教会、庭園のあるエリア一帯を指しているものだと認識しています。プラハの中心市街地から少し離れた丘の上にあるので、アクセスはやや大変ですが見晴らしが素晴らしいです。城壁や場内の街並みも美しく、工芸品が売られているお土産店なども数多くあり充実しています。

プラハ城の中心に聳え立つ大聖堂です。ここの大聖堂は、色鮮やかなステンドグラスが特に良かったです。

カレル橋
プラハを南北に流れるブルダバ川を横断する、プラハの代表的な観光地です。広場にも負けないくらいの人でごった返していて、演奏をしたり似顔絵を描いて売っている人がいたりと賑やかな印象です。ブルダバ川はゆったりとしていで、鴨や白鳥だけでなくビーバーなども生息する生態系が豊かな場所でした。

セドレツ納骨堂
プラハから電車で 1,2 時間程行った先のクトナー・ホラにある納骨堂です。戦争や疫病による数万人の死者の骨が納められていて、壁や天井にまるでインテリアのように飾られています。撮影禁止のため写真はありませんが、無数の頭蓋骨や手足の骨が数珠繋ぎされている様はまさしく芸術的です。
クレメンティヌム
かつて天体観測が行われていた天文塔や図書館、チャペルなどがある一帯です。天文塔の一番上の展望台からはカレル橋やプラハ城を眺めることができます。日本人に有名な観光地のようで、他の日本人グループの人たちと写真を撮りあったり行った国を共有したりしました。図書館は世界一を謳っていましたが、個人的にはウィーンの図書館の方が良かった気がします。夜はチャペルで開催されていたコンサートを聞きに行きましたが、オペラの方の声量が特に凄かったです。何をやったらあれだけの声が出るんでしょうか。

ベルリン
フランデンブルク門
凱旋門のベルリン版みたいな感じで、門の上には馬車に乗った女神の像が飾られています。門の奥側では政治運動が行われている一方で、手前側は優雅な広場というのが対照的でした。門の前の大きい通り沿いにはドイツ発祥の Nivea や Haribo などの店や大聖堂・市庁舎などの重要建造物もあって、歩いているだけでも面白いです。夜は門も様々な色にライトアップされたりします。

シャルロッテンブルク宮殿
中心街から少し西に外れた場所に位置する宮殿です。正面側は学校の校庭みたいな感じで、裏側は広大な庭園・森という感じです。野生のカラスが騎士の銅像の台座の部分に堂々と佇んでいたのが面白く、近くにいた見ず知らずの観光客と盛り上がったりしました。

チェックポイント・チャーリー
冷戦時代の東西ベルリンの検問所です。上には兵士の写真が飾られていて、周辺には冷戦の歴史や脱出の成功・失敗例が展示されている広場があります。

イーストサイドギャラリー
ベルリンの壁跡崩壊後にアーティストたちが描いた絵が、1 km 以上に渡って残されています。人々が勝手に描いたというわけではなく、壁がきちんと区画分けされていて、それぞれの区画に 1 つの独立した絵があるという感じです。ベルリンの壁は想像よりも高くなく、台など使えば上れないのかなと少し思ったりしました。(実際は監視や通報があるので難しいのでしょう。)

ドイツ技術博物館
工業大国ドイツの乗り物などの発展の歴史が展示されている博物館です。主に戦前・戦時中の船、車、飛行機、鉄道、コンピュータが扱われています。クラフトのものから実物まで、模型の物量が凄かったです。

フランクフルト・アムマイン
レーマー広場
金融都市の印象が強いフランクフルトに残る、中世の街並みです。幾何学的っぽい感じの模様が個人的に印象に残っています。

フランクフルトから電車で 1,2 時間の場所にあるケルンに位置する大聖堂です。ウィーンのシュテファン大聖堂やプラハの聖ヴィート大聖堂と比較しても、特に大きいというのが特徴的です。ケルンの駅の文字通り目の前にあるというのも凄いポイントです。近くで見ると外装もその繊細さが際立ちます。

公共交通
長距離移動
ユーレイルパスを使いました。ヨーロッパ版の優等列車も乗れる 18 きっぷみたいな感じです。ユースでセールになっているときに買ったので、7 日間 (連続でなくてもよい!) 乗り放題のきっぷが 250 ユーロで買えてお得です。ヨーロッパのほとんど全ての国の長距離鉄道 (日本で言うところの JR) に乗ることができる優れもので、今回の各都市間の移動や観光のための都市間の移動もこのパスで全て賄えました。中欧の鉄道は改札がないのが驚きポイントで、何も買わなくても鉄道に乗れてしまいます。しかし、車内では検察が来ることもあるので、そのときに適切な切符を持っていないと本来の 30 倍の値段を取られたりするようです。100 km 長の移動になると、だいたい一回は検察が来る印象でした。ユーレイルパスは、スマホアプリで簡単に乗る列車を登録できるので便利です。当日のフレキシブルなスケジュールができるのも見逃せません。

都市内移動
ウィーン、プラハ、ベルリンなどの大都市は、長距離鉄道ではなく都市内の移動を目的とした地下鉄や路面電車が走っています。長距離の方は S-Bahn、地下鉄は U-Bahn のように呼ばれたりもします。短距離の移動でも割高なので、一日中都市内を観光する場合は 24 時間パスを買うと良いです。

ストライキ
ドイツ名物です。労働者がストライキすることで、公共交通がストップする日が偶にあります。今回の旅行では、帰る日の 3 日前にドイツ全体の空港でストライキがあって終日全ての飛行機が欠航になるということがあってかなり冷や汗をかきました。ストライキの日程は前日にはわかるので、ホテルなどもキャンセル無料のプランで予約しておいた方が安心かもしれません。
河川
ドナウ川
ドイツ南西部を水源とし、ウィーン、ブラチスラバ、ブダペスト、ベオグラード、ブカレストといった各国の首都を通って黒海に注ぐ、ヨーロッパ随一の大河川です。ウィーンから見るドナウ川は青く感じられました。

ブルダバ川
チェコを南北に流れるブルダバ川は、首都プラハを彩ります。川沿いから見るプラハの歴史的な街並みは優雅です。この川をモチーフとしたクラシックであるブルダバ (モルダウ) は、誰しも耳にしたことがあるでしょう。

ライン川
アルプスを源流として、ドイツやフランスの各都市を通り、オランダに注ぐ大河川です。フランクフルト・アムマインのマイン川はライン川の主流であり、ヨーロッパの都市の発展には河川が非常に重要な役割を担っていることが感じられます。ケルンを流れるライン川は、大聖堂の美しさをより引き立てています。

旅費
- 飛行機: 15 万円
- 現地の交通費 (ユーレイルパス含): 4 万円
- ホテル: 7 万円
- 観光: 3 万円
- 食事: 5 万円
- その他(お土産など): 1 万円
- 合計: 35 万円
50 万円くらいかかる心づもりでいたので、思ったより安く済んでリーズナブルでした。
感想
初めてのヨーロッパでしたが、事前に調べている期間に見識が深まり、さらに実際行ってみて他の国についてももっと知りたくなりました。イギリスやフランスはもとい、北欧や旧ユーゴスラビア、東欧地域もいつか行ってみたいです。
ICPC Asia Pacific Championship 2025 (2025/02/26-03/03)
シンガポールで開催された ICPC Asia Pacific Championship 2025 に、東京大学チーム Screenwalkers のコーチとして参加しました。今回は時系列順ではなく、項目ごとにまとめようと思います。
- コンテスト
- 飛行機
- 通貨
- 気候
- ホテル
- 食事
- 飲み物
- 観光
- 海外選手との交流
- 現地の交通手段
- NUS (シンガポール国立大学)
- スポンサーブース
- USS (Universal Studios Singapore)
- 感想
コンテスト
ミラーコンテスト
コドフォで開催されたミラーコンテストにコーチ陣の tatyam さん kotamanegi さんと参加しました。kotamanegi さんは最初に 1 問大変そうな問題を解いてもらって、後は tatyam さんと 2 人でやっていたのですが、最初の考察を少し言っただけですぐに AC まで持っていってくれる銀冠との圧倒的な実力差を感じずにはいられませんでした。自力でちゃんと解いた問題は H くらいでしたが、二分探索の使い方がトリッキーで面白い問題でした。最終結果は 8 冠で、本番だと 3 - 5 位くらいのラインですが、ほぼ tatyam さんのおかげです。
観戦
リージョナルで 2 回優勝もしていて実力的には Asia Pacific 地域でトップなのは間違いないと思っていましたが、直前の練習で振るわなかった回があったというのと、前日の夜に珍しく E8 くんと square くんが揉めていたので、少しだけ心配なところはありました。しかし翌朝のバスでは 2 人で (おそらく IOI) の問題の話を楽しそうにしていたので杞憂だったかもしれません。
コンテストが始まります。Screenwalkers の序盤は A 問題でペナを出したりして少し出遅れていましたが、中盤で追い上げて残り半分くらいのところで 1 位に躍り出ます。この辺りは流石だなと思って見ていました。順位表凍結時では 2 位に完数でもタイムでも差をつけていて安泰かのように見えましたが、ここから凍結時 2 位の NUS チーム Jägermeister が流石の追い上げをみせます。

コンテスト終了時の順位表では、Screenwalkers が 1 問に、Jägermeister が追加で 3 問に提出しています。Screenwalkers は新たに投げた F を通したという情報をコーチにだけこっそり教えてくれたので、自分目線では Jägermeister が 3 問全て正解していれば Jägermeister の優勝、それ以外は Screenwalkers の優勝ということになります。これまでの台中や横浜での Regional では、凍結後の提出結果を教えてくれたときには事実上優勝が決まっていたので、最後まで結果がわからない Yes/No は今回が初めてです。
Yes/No
サイエンス東京や京大、NTU の WF 争い、徳山高専の活躍など他にも見どころが多い Yes/No でしたが、ここでは Screenwalkers と Jägermeister の優勝争いに絞って、コーチ目線で見ていきたいと思います。
E8 くんがコンテスト後に Jägermeister に聞いた話によると、提出した E,I,K のうち E,K を通して 10 完ということで、もしこれが本当ならばタイム差で Screenwalkers の優勝となります。ただし、E8 くんは Jägermeister が最後に I に提出した終了 3 分前に彼らの方向から歓声が聞こえたと言っていて (KoD くんはそんなことはないと言ってましたが)、半信半疑という様子でした。流石にここで嘘はつかないだろうと思いつつも、ラスト 3 分が最終提出というのも妙に尤もらしく見えるので、内心ドキドキです。
3 位の Objective-KUB1 まで決まって、いよいよここから優勝が決まります。Jägermeister の E 問題は AC、I 問題は WA、K 問題は AC で、話に聞いた通りの結果で 10 完となり 1 位に浮上します。チーム目線では優勝確定で安堵の空気感がありました。
当然会場目線ではまだ優勝は決まっておらず、最後の未解凍提出である Screenwalkers の F の結果で優勝チームが決まることになります。Yes/No おじさんが 30 秒くらい溜めたあと、Yes の結果が出て会場は拍手喝采でした。

感想
コンテスト後に、Screenwalkers は今回色々トラブルがあったと聞きましたが、それでも優勝するのですから実力は間違いないと思います。3 人とも実力が高いのは当然として、練習の話を聞いたり旅行中の様子を見ていても、チーム間で互いへの信頼関係ができていることが感じ取れるので、台湾・横浜・シンガポールと 3 連続優勝しているのも頷けます。最後アゼルバイジャンでの World Finals も楽しみにしています。でも国内予選のときのように、メンタル面だけはやはり少し心配なので、コーチ的には WF 前は twitter 封印してもらえたら嬉しいです。
リージョナル以上の大会にコーチとして複数回来て思うのは、現地で ICPC を観戦できて純粋に応援できるチームがあるというのは役得だということです。今回で引退の方々もぜひコーチをやりましょう。
その他
- 開会式と閉会式のときの司会の人がプロのナレーションの方かなと思うほどめちゃくちゃ声が良くてびっくりしました。
- コンテスト会場がかなり寒かったらしく、E8 くんが翌日に体調を崩していたので、今後の改善が待たれます。
- コーチまでメダルもらえてびっくりです。大切にしまっておきます。
- コーチルームで、今まで面識があった方もなかった方も含めて、他の日本チームのコーチの方々と色々話せて良かったです。また機会があればよろしくお願いします。
- コンテスト後のビュッフェのときにこたつがめさんが床に座り込んで PC を開いていました。現地時間 20 時から始まる ABC に出る準備をしていたみたいです。近づいて何か話しかけようとしたら「ABC をご存知ない?」と一蹴されてしまいました。帰りのバスの中でもやっていて、ギャラリーもいて時々歓声が上がったりしていて、傍目で見ているだけでも面白かったです。
僕たちのコーチは頼もしいなあ https://t.co/3myxrXDC6h pic.twitter.com/nXsU5KhRuL
— とりゐ(競プロ) (@torii_kyopro) 2025年3月1日
飛行機
私だけ大会が終わった後シンガポールからダイレクトにヨーロッパに旅行に行く予定があったので、シンガポール行きの飛行機は片道だけでした。
使ったのは 2/26 の朝に羽田を出て夜にシンガポールに着く、バンコクトランジットのタイ国際航空便です。いずれの便も大型機で座席も広く、安定した力強い飛行が印象的でした。機内食は、色々な航空会社を使った今思えばかなり良かったと思います。トランジット後の便の機内食は、タイ料理とだけあって辛かったです。

総じて良いフライトだと思いましたが、少しだけ難点を挙げるとすれば、上空で結構寒く感じたのと、着陸のときに耳がめちゃくちゃ痛くなったことです。特に飛行機を降りてからも右耳はしばらく聞こえなくなりました。ただし、これらは私が出発前日に少し体調を崩し気味だったことが原因かもしれません。
片道 5 万円弱でしたが、往復にしても大差ない (逆に安くなることも往々にしてある) と思います。東南アジアであれば、トランジットを許せば海外のいい航空会社でもこれくらいの値段で行けそうな印象です。
通貨
シンガポールドルという通貨が採用されています。1 シンガポールドルは 110 円強で、日本の銀行でも両替することができます。一応 5000 円を両替して行きましたが、Grab の追加支払いとランドリー使用時に重宝しました。三菱 UFJ のワールドカレンシーショップは両替レートが良かったです。
以降ではシンガポールドルのことを、単にドルと呼んでいきます。
気候
シンガポールの緯度は北緯 1 度で、年間を通して 1 日の最低気温が 25 度、最高気温が 30 度程度で安定しています。日本の冬の気候から急に蒸し暑くなったので、着いた日の夜はまるで風を引いて熱が出ているときのような感覚でした。
天気も移り変わりが激しく、ゲリラ豪雨のような土砂降りが来たかと思えば急に晴れ間が差します。今回行ったのがどちらの時期になるのかは定かではないですが、雨季と乾季もあるようです。

その他では、本来タイムゾーンが UTC+7 の経度 (東経 105 度) の付近に位置しているにもかかわらず UTC+8 を採用しているため、日の出が 7 時、日の入りが 19 時と 1 時間後ろにずれています。また、朝は日の出の直前まで真っ暗で、夜は日の入りするとすぐに真っ暗になります。日が高いので、行く際には日焼け止めがあると良いと思います。帰ってきたときに家族から顔が黒くなったと指摘されました。
ホテル
RELC International Hotel に前泊後泊含めて合計 5 泊しました。ICPC 運営の方で予め部屋が確保されている 2 つのホテルのうちの 1 つで、大多数のチームはここに宿泊していたように思います。
部屋はクイーンベッド 2 台の 4 人部屋で、全員余裕を持ってスーツケースを広げられるくらいの広さがあったのと、綺麗だったのが良かったです。反面、18 階もある建物に対してエレベーターは狭くて遅かったので、移動は結構時間がかかりました。
朝食はビュッフェ形式で、これといったシンガポールっぽい料理がある訳ではなかったですが、野菜やフルーツも取り揃えられていて助かります。朝食会場はそんなに広くなかったので、やはり ICPC T シャツを来た人たちでごった返していました。他の旅行客からしたら異様な光景だったのではないかと思います。
会場の NUS までは割に離れているので、往復の送迎バスがありました。コンテスト当日の朝は、コンテストサイトに書かれている出発時刻が実際とは異なったため少し危なかったです。
宿泊費は 1 人あたり 1 泊約 1 万円でした。高いという声もあると思いますが、部屋の広さや朝食込みであること、シンガポールの物価などを鑑みるといい値段で泊まることができたと思います。
食事
飲食店での食事
空港、NUS、チャイナタウン、USS付近で計 4 回食事の機会があり、シンガポール名物とされているホッケンミー、チキンライス、バクテーなどを食べました。シンガポールは物価が高いと聞いていたのですが、どれも 1000 円前後で食べられたのであまりそういう印象は受けませんでした。全体を通してですが、シンガポールでは鶏肉や海鮮料理が強いなという印象です。食べた中では特にバクテーが良かったです。

ビュッフェ
プラクティスの日 (2/28) と本番の日 (3/1) の昼夜は立ち食ビュッフェでした。メニューは鶏肉料理や野菜をはじめとして、ベトナムのフォーに似た麺料理なども提供されていたのが印象的です。全体的に美味しくいただけましたが、中でも特にシュークリームなどデザートが美味しかったです。
ビュッフェ (フラートンホテル)
プラクティスの日の夜はザ・フラートン・ホテルという高級ホテルでビュッフェでした。鶏肉や海老、サーモンなどの海鮮が山盛りで、めちゃくちゃ豪華でした。

他にも生のホタテや牡蠣もあって、流石に食あたりの危険を考えて食べられませんでしたが、コンテスト本番前日に海外選手も多くいる中でこれを提供するのは随分大胆だなと思いました。デザートも種類が豊富で、一種類ずつ全て取ってスイパラをしました。
飲み物
ホテルで水が毎日交換されたのと、ビュッフェ会場やスポンサーブースで飲み物をもらえたので、ほとんど飲み物に困ることはありませんでした。一回だけマリーナベイ付近のコンビニで 500 mL ペットボトルを買うことがありましたが、300 円強くらいかかって高かったです。
日本勢からは、オレンジジュースをその場で絞ってくれる自販機である IJOOZ が特に人気で、社会現象みたいなバズり方をしていました。

IJOOZ はここシンガポール発祥のようで、ホテルや NUS のコンテスト会場、街中など様々な場所に設置されており、私もブームに乗じて 2 回ほどお世話になりました (美味しかったです)。こたつがめさんがとてもお気に召していたようで、IJOOZ の場所による値段の違い (記憶によると、空港が 3 ドルで、ホテルと NUS は 2 ドル?) について熱弁していたのが面白かったです。
観光
参加登録の日 (2/27) に現地観光をしました。行った場所をリストアップすると以下の通りです。
- シンガポール植物園
- マーライオン公園
- ガーデンズ・バイザベイ
- シンガポール・フライヤー
シンガポール植物園はシンガポール国内唯一の世界遺産となっているようです。全体はめちゃくちゃ広くて到底全て回れそうになかったので、ナショナル・オーキッド・ガーデンを主に見ました。オーキッドは日本語で「蘭」の意味で、熱帯らしい草花の瑞々しさが印象深いです。植物園全体を通して、一面緑豊かで木陰も多く風通しも良くてオアシス的なスポットでした。また、黒い鶏が至る所でけたたましく鳴いていました。

マーライオン公園はシンガポールといえばあれという感じの場所です。写真で見たことが結構あったので、実際行ってみたらこれかーという感慨がありました。リアルで見たマーライオンは想像より大きく、正面顔は割とリアルで、腹部にはキーホルダーみたいな穴が開いていました。屋上プールで有名なマリーナベイサンズは対岸にあって、思ったより距離があります。ディナーがあった日の会場フラートンが程近かったため、少し抜け出して夜景も見ることができました。やはりシンガポールの代表的なスポットなので、昼夜問わず人でごった返しています。夜は早稲田のすずけんくん、krps くん、k1suxu くんと抜け出してきていて、他の観光客と写真撮ったり撮ってもらったりしていました。ICPC T シャツを着た人もチラホラいる感じです。やはり、自分が考えることは他人も考えるというのが社会の鉄則 (square くん談) なようです。

ガーデンズバイザベイには、トロンボーンを逆さにしたような形状の人口的な木であるスーパーツリーが数多くあります。画像で見たことがあるという方も多いかと思います。近くで見ると、スーパーツリーの上の方には完全に植生はなく、思ったよりも無機物的という印象を受けました。このときは昼に行ったのですが、夜に行った方がライトアップもあって景色が良いようです。スーパーツリーを結ぶ橋があったのでそれを渡ったのですが、橋が何本ものスーパーツリーの枝から繋がれたロープで支えられていたのには驚きました。双子はガーデンズバイザベイに来るや否や IOI の supertrees という問題の話をしていたので、問題の引き出しの速さにも驚いていたのですが、今考えてみると彼らはその問題を覚えていたからこそ聖地巡礼的な意味でここに来たかったのかもしれないです。

シンガポールフライヤーはマリーナベイサンズのちょうど対岸にある観覧車で、夜景を見るという名目で行きました。サンズの展望台にも登ることができ本当はそちらに行く予定だったのですが、4 日後まで予約が埋まっているという人気ぶりのためあえなく撤退となりました。最高到達地点は 165 m で、これは観覧車としては世界で 3 番目の高さであるようです (1 位はドバイにあるらしい)。観覧車のゴンドラは円筒上で、28 人乗りと全体的にスケールがでかかったです。マーライオンまでは目視できませんでしたが、高層ビル群よりも高い位置からの夜景は綺麗に見えました。

海外選手との交流
台湾勢
昨年 11 月の台中リージョナルでしゃべった NTU チーム std_abs、fruit_advantages の選手と再会しました。std_abs はジャカルタ、fruit_advantages はハノイでそれぞれリージョナルを制していて、今回のシンガポールで勝った方が WF に進むことが決まっています。両チームは普段仲良さそうですが、今回はバチバチな感じがしていました。
凍結時点で同じ 7 完になるなど、コンテストでは両チームは拮抗していて、凍結後の提出の結果を聞きに行ったりしました。結果的にはいずれの提出も通らなかったようで、タイムの差で std_abs に軍配が上がりました。両チームのギリギリの戦いも今大会を盛り上げていたことと思います。
チェス
フラートンホテルでディナー会場がオープンする前の待機場所にチェスボードが設置されていました。その場に居合わせたチェスをやりたそうな人とまずは一局。この対局は中盤のポーンアップからじわじわと駒得を広げて勝ちです。
この対局を見ていた海外選手から対局を申し込まれて、5 分切れ負けのチェスクロックを使って対局することになります。チェス用のチェスクロックを使うのも初めてだし、普段ネットでやるチェスは一手指すと持ち時間が増えるタイプのものなので切れ負けというのも初めてです。序中盤は相手が上手くて、駒損こそないものスピーディな展開を許して苦しかったですが、時間がなくなってきて叩き合いになります。最後の方は相手方が他の選手も巻き込んで 5 人くらいのチームになり、助言し放題だし誰が指してるのかもわからないしカオスの極みです。時間もいつの間にか切れてます。最後は私がルークでキングとクイーンのフォークをかけたところで勝負の行く末が見えてお開きになりました。振り返ると周囲に誰もいなくて、みんなディナー会場に行ってしまっていたことにようやく気付きました。
インドネシア・シンガポール勢
フラートンでのディナーで、せっかくの機会なので日本勢で固まらずに海外勢のテーブルに飛び込んでみました。そのとき両隣にいたインドネシアチームの選手とシンガポールチームの選手と話すことができました。そのとき何を話したかは鮮明には覚えてないですが、AtCoder で最近黄色になったという話やシンガポールのおすすめの料理を聞けたのは覚えています。翌日以降もコンテストやビュッフェの会場でお目にかかることが何回かあり、Screenwalkers おめでとうと声をかけてもらえたのは嬉しかったです。海外勢の知り合いが増えるのはいいものです。
韓国勢
コンテストが終わった日の深夜、すずけんくんから誘われてリユナさんなど韓国勢の部屋に行きました。その場に同席した日本勢は他に、京大のもりりんさんとなにわづさんです。
ナポレオンというトランプゲームのルールを丁寧に説明してもらい、プレイしました。ネイティブと遜色ない日本語で説明していただき、とてもわかりやすかったとともにその流暢さには驚かされました。ルールを何とか把握することができ、実際に数回プレイしたのですが、最初の競りや副官の読み合いなどが難しく、奥が深いゲームだと思いました。ゲームをやっている最中に、リユナさんが北朝鮮についてブラックジョーク的な話をしてたのがめちゃくちゃ面白かったです。新しくゲームを覚えることもできて楽しかったですが、疲れが回って眠かったとともに部屋の冷房の寒さで体調を崩しかけていて態度が悪くなってしまっていたのは反省しています。
現地の交通手段
タクシー
ICPC 運営から事前に合計で 160 ドル分の Grab (東南アジアの Uber に類するサービス) のクーポンを頂いていたので、これを利用してタクシーを主な移動手段として利用しました。クーポンを利用して 4 人で移動していたためほとんど追加料金はかかりました。また、空港やホテル、有名観光地などはピックアップポイントがあるので、電車などの他の公共交通手段と比べて目的地に容易にたどり着けることが大きなメリットだと思います。
反対に、印象が良くなかった点として以下があります。
- クーポンの超過分をクレジットカードで決済しようとするとエラーが発生してクーポンが数分間一時的に消失して使えなくなった
- 上の結果としてクーポン超過分を現金で払うようにしたが、超過分が存在しないときに何も支払わなくていい (無賃乗車っぽくなる) ことをドライバーになかなか理解してもらえないことが 2 回あった
- パッシングを連打したり、左右に揺れて前の車に圧をかけたりするなど、煽り運転まがいのことをしていたドライバーがいた
蛇足ですが、車は右側通行右ハンドルでした (イギリス統治時代の名残でしょうか)。
地下鉄
中心地を観光しているときに一度だけ使いました。一回の数駅間の利用で 6 ドルくらいかかり料金は高かったですが、路線網も広く安定して有力な移動手段だと思います。会場の NUS COM3 の近くに駅があったらもっと使っていたかもしれません。
NUS (シンガポール国立大学)
今大会の会場となった大学です。シンガポールのトップ大学とだけあって広いキャンパスでした。プラクティス中の暇な時間に散策して、生協購買やキャンパス内の博物館にも行ったりしました。
コンテスト会場となった COM3 は新しくきれいで、1 つの階が大人 3,4 人分くらいの高さがあり、風通しが良くて非常に開放的な建物でした。日本の夏ほどの暑さではない暖かさで心地良かったです。その高さゆえ、1 つ階を上がるために登る階段がとても長く感じました。

スポンサーブース
お菓子や飲み物を飲食したり、折り紙をしたり、大量のグッズをもらったりしました。HUAWEI の人事の方は横浜のランチで同席していたこともあり、会うたびに目が合って面白かったです。飲食はクレープやポップコーン、めっちゃ甘い緑茶、コーヒーなど色々楽しめました。ボードゲーム類や折り紙、一本ずつ落ちてくるスティックをキャッチするゲームなど、多種多様なコーナーを各々が楽しんでいたように思います。グッズはコンセントのアダプターや水筒といった実用的なものからフリスビーなどなかなか使いどころが難しいものまで様々です。

USS (Universal Studios Singapore)
最終日の excursion で行きました。場内は 10 分ちょっと歩けば一周できるくらいの割に狭いサイズで、アトラクションは屋内のものも含めて結構激しくて面白かったです。良かったアトラクションを少しまとめます。
Revenge of the Mummy
屋内のジェットコースターです。使えるスペースが限られているのでそんな激しくはないだろうと思っていましたが、めちゃくちゃ動きます。周りが真っ暗でコースが先読みできないのも怖さの要因の 1 つになってると思います。待ち時間もほぼありませんでした。
Transformers the Ride 3D
こちらも屋内ですが、コースターが固定された位置で上下したり傾いたりしたりするタイプのものです。トランスフォーマーにのって戦っているところというコンセントです。3D ゴーグルをかけて乗るので、揺れもあわせて結構激しいです。こちらも待ち時間はほぼありませんでした。
Jurassic Park Rapids Adventure
コーヒーカップみたいな乗り物にのって、回転したり上下したりしながら川を進みます。コースは結構長くて、そろそろ終わりかと思ったタイミングで上から大量の水が降ってきます。コートを持っていたので上半身は大丈夫でしたが、下半身はびしょぬれになりました。1 時間以上待たされましたが、乗れて良かったです。
五発目 濡れネズミ pic.twitter.com/Yzy1qL9WkE
— こたつがめ (@kotatsugame_t) 2025年3月2日
CYLON
見た目からしてやばい吊り下げ型のジェットコースターで、参加者の でも度々話題になっていました。最初に上がるときも速いので、何かを言い残す間すら与えてくれません。なんとか生きて帰ってくることができましたが、終わった直後は真っ直ぐ歩けず、その日の夜になってもくらくらした感じが残るなど、その激しさは USS 随一です。待ち時間は 5 分程度でした。

Despicable Me Minion Mayhem
今年 2 月にオープンしたミニオンゾーンの目玉的アトラクションです。トランスフォーマーと同じで、その場で上下したり傾いたりするタイプのコースターで、ミニオンのサイズになった気分で冒険するというコンセプトです。こちらは周りが真っ暗にはならないのですが、迫力があってすごいです。普通に並んだら待ち時間 30 分くらいのところを、最後みんな飛行機のために帰ってしまってシングルライダーだったので 10 分くらいで乗れました。しめとして適度なアトラクションでした。
感想
想像よりもシンガポールエンジョイしてしまいました。話に聞いた、去年のベトナムのときのようなワクワク要素がなかったみたいで感動です。他の東南アジアの国々も行ってみたくなりました。
ICPC 2024 アジア地区予選 台中大会 (2024/11/14-18)
ICPC 2024 アジア地区予選 台中大会に、東京大学チーム Screenwalkers (E869120, square1001, KoD, 敬称略) のコーチとして参加しました。
アジア地区予選について
2024 年の ICPC Asia 地区予選については、Asia Pacific Championship (以下、プレーオフ) のサイトが詳しいです。ここでも簡単にまとめると、アジア地区予選には以下の 5 つの大会 (以下、リージョナル) があります。
各チームはこれらのうち 2 つ以下に参加することができ、各リージョナルの上位チームがプレーオフに進出することができます。プレーオフでは World Finals (以下、WF) に出場するチームが決まります。選抜基準についてはこちらが詳しいです。
海外リージョナル参加のメリット
注意されたいこととして、自国の予選を通過していなくても海外リージョナルに参加できるという点があります。日本でいうと、7 月の国内予選で落ちて横浜大会に出場できなかったとしても、台中・ソウル・ジャカルタ・ハノイ大会には参加することができ、そこで上位に入ればプレーオフや WF に進出できる可能性があります。
国内予選を通過して横浜大会に出場できるチームであっても、海外リージョナル参加によってプレーオフ進出の可能性を高めたり、リージョナルで優勝することで WF への進出を確定させる (ただし、同大学の異なるチームが異なるリージョナルで優勝した場合はそうとは限らない) ことができるなどのメリットがあります。
台中リージョナル参加までの手続き
今回の台中リージョナル参加にあたって、コーチとして行った手続きは以下の通りです。ただし、リージョナルや年によって異なるであろう点にご留意ください。
- ICPC world site での参加登録
- 参加登録締め切り後、メールで再度参加意志を問われたので、Yes と答える
- コンテスタント・コーチの個人情報、参加費支払いのためのクレジットカード情報の送付
実は同じく東京大学のチーム SPJ も台中大会の参加登録を行っていたのですが、海外チームの 10 チーム制限に阻まれて参加できませんでした。枠を超える応募があった場合は申し込みが早いチームが優先されるルールを採用しているリージョナルが多そうなので、強い参加意志があるチームは締め切りギリギリではなく早めに登録を行うと良いと思います。リージョナルのホームページに選抜基準が書いてあることもあるので、隅までよく見ましょう。
渡航までの準備
10/07: 台中リージョナル参加日本勢の Discord に参加
参加チームが確定した直後に阪大チームコーチの kotamanegi さんが作ってくださった Discord サーバーに入りました。ここでは日本から台中大会に参加する会津大・東大・阪大・早稲田の参加者が集まって、飛行機や新幹線の割引、入国カードの事前作成、各々予約したホテルや飛行機の情報共有していました。日本から一緒に参加するチームが複数いたのは心強く、幸運でした。
ICPC2024台湾リージョナル大会に参加する方のための情報共有用discordを作っています。
— こたまねぎ (@small_onions) 2024年10月7日
メールなどでも連絡を取っていますが、阪大以外で台湾大会に参加予定の方や、参加者の情報をご存知の方はXでDMいただけると助かります。
10/10: 飛行機・ホテルの確定、ホテルの予約
コンテスタントの 3 人とミーティングをして、往復の飛行機とホテルを決め、ホテルは booking.com でその日のうちに予約しました。大会日程は 16(土、リハーサル)・17(日、本番)・18(月、観光) だったのですが、いいコンディションで臨むために早めに現地入りしたいことや、メンバーの授業の都合を鑑みて、最終日の観光は行かずに 14 日から 18 日で行くことになりました。

ホテルは桃園が 1 泊 1 人約 10,000 円、台中が 3 泊 1 人約 13,000 円でした。台中のホテルは割と安いところが多かったです。
10/11: 飛行機の予約
中華航空の日本・台湾便を 4 人で使うと安くなるキャンペーンを利用しました。中華航空は LCC ではないのでキャンセルや荷物についても融通が利き、日本の ANA や JAL と比べるとかなり安いので、安心して使うことができました。割引の結果、往復 1 人約 48,000 円になりました。LCC でも 4 万円程度はかかると聞いたので、コスパはとても良かったと思います。
パスポート
既に作っていたので大丈夫でした。持ってない場合は作るのに約 1 週間かかるので、早めに申請すると良いと思います。
入国カードの作成
台湾に渡航するにあたってビザは必要ありませんが、入国カードは必要です。事前にウェブで作成してから行きましたが、機内や空港でも書けるのでそれほど問題にはならないです。
クレジットカードの枠一時引き上げ
4 人分の飛行機代の支払いにかなりかかったので、余裕を持って 50 万円に引き上げました。台湾はかなりカードが使える所が多く、全体の 8,9 割はカード払いだったと思います。海外で使うとすぐに制限がかかってしまうカードもあるようなので、事前に確認しておくと良いと思います。
荷造り
重い腰を上げて出発 2 日前くらいから始めました。とはいえ持って行ったのは服・日用品・充電器・パスポート・飛行機やホテルの予約確認書の印刷くらいです。事前に天気予報で台中は暑い (最高 30 度くらい) ことがわかっていたため夏服しか持って行かなかったので、4 泊 5 日でも余裕でスーツケースに収まりました。行く国のコンセントの形状や電圧は事前に調べておくと良いです (台湾ではそのまま使えました)。
両替
行きの成田空港で、E8 さんに 1 万円を台湾ドルに両替してもらいました。現金でしか払えなかったのは台中市街の飲食店や夜市だけだったので、4 人で 1 万円でちょうど使い切るくらいでした。市街ではどこで両替できるかよくわからないので、少しレートは悪いですが日本国内または行った先の空港で済ませておくと安心だと思います。
台風 25 号
大会 3 日前の 13 日に、台風 25 号の影響で大会がオンラインになる可能性があるという通達を受けました。要件としては、オンラインになった場合に備えてパソコンと、ビデオカメラやスマホでの録画環境を用意しろというものでした。録画はスマホでも大丈夫なようですが、容量が少し心配かもしれません。
結果的には台風は来なかったので杞憂に終わりました。
参加記
ここからは実際の参加記になります。
大会前々日 (11/14 木)
フライトの約 2 時間前の 17:30 に成田空港に集合することになっていましたが、余裕を持って 15 時前に家を出発して、京成線のアクセス特急で成田に向かいました。電車はスーツケースを持った旅行客で溢れかえっていましたが、羽田空港発成田空港行なので、誰が旅行帰りで誰がこれから旅行に行くのか見分けがつきません。幸運にも乗った次の駅で着席できて、成田空港には定刻通り 17 時前に到着しました。
改札の近くで KoD さんらしき人がいるのに気づきましたが、ここでは確証が持てなかったので話しかけられませんでした。結局第二ターミナルに着いたところで再度合流したので今度こそ話しかけ、無事に本人であるとわかりました。ターミナルにある店街を見たり、雨に備えてタオルを買ったりした後 E8 さん square さんとも合流します。
全員揃ったところでまず飛行機のチェックインを行いました。隣のホノルル行の便のカウンターは長蛇の列ができている一方でこちらは待ちがなく、スーツケースの受託と座席の確定をスムーズに行えました。時間がかなり余ったので、E8 さんに空港内の両替所で 1 万円を約 1,800 NTD に両替してもらい、展望デッキに繰り出した後レストラン街で軽く食事をしてから保安検査場に向かいました。
保安検査は通常のものですが、その後に国際線特有の出国審査があります。ここではパスポートをスキャンしてカメラに写った顔と照合する顔認証ゲートが整備されていてテクノロジーを感じました。私の場合は認証に結構時間がかかってしまったのですが。

ここまで来れば搭乗までの関門は終わりです。ゲートで搭乗開始を待っていたのですが、第二ターミナルは LCC 専用の第三ターミナルと比べて広くて綺麗だなとこのときしみじみ思ったのを覚えています。使用する機体の到着が遅れた影響で、搭乗は予定より 20 分遅れの 19:30 に開始しました。機体は一昔前のエアバス A330 で、機内 Wi-Fi のサービスはありませんでしたが座席の柔らかさや広さについてはエコノミークラスとしては申し分ありませんでした。座席配置は 2-4-2 で、我々は 2-2 に別れて窓側の席に座っていましたが、機内では特に中央の 4 列の部分に空席が目立ちました。出発はやや遅れたもののフライトは順調そのもので、台北桃園空港にはほぼ定刻通りに到着します。搭乗時間は約 4 時間と長丁場で台湾が思ったより離れていることを実感しましたが、機内食があったりフライト情報をリアルタイムで確認できたりと十分に楽しむことができました。
着陸少し前から感じてはいたのですが、やはり台湾は暖かいです。しかし、それよりも成田を出てからというもの食事の際の数杯の水しか飲んでいなかったことによる喉の渇きが気になりました。つつがなく入国審査を終えたあと手荷物受取所で給水所があったので急死に一生を得たので良かったですが、出発前に水をたくさん飲んでおくべきでした。
23 時半頃に全員が荷物を回収したところで、ようやく宿泊するノボテルに向かいます。空港直結の地下鉄駅から 1 駅先にあるのですが、地下鉄はクレジットカードでも通れる改札があって非常に便利でした。日付が変わるギリギリくらいの時間に着きましたが、この時間でもチェックインの行列ができていて驚きます。チェックイン時のカード支払いで、台湾ドルか日本円かどちらで支払うかを訊かれたときに手なりで日本円を選んでしまったため、ホテルの高い両替レートの影響で数千円をロストしてしまいましたが、これも高い授業料だと思うことにして観念しました。

部屋は広く綺麗で、今回はほぼ見るだけでしたが下の階にはジムやプールなども併設されており、1 万円という値段に対してはとても良い環境でした。もう遅かったので各々シャワーを浴び、適当にテレビで現地の番組を見たりしてから現地時刻 1 時半頃に就寝します。
1 日目感想まとめ
- 無事に入国できて良かった
- 地下鉄はクレジットカードが使えて便利だった
- ノボテルがすごい
大会前日 (11/15 金)
2 日目は 8 時半頃に起床し、身支度を整えてからホテルの下の階で販売されていたパンを 1 つ買い、ホテルを後にします。チェックアウトの際に、チェックインの際の支払いで実は過剰な額を請求されていたことを謝罪され、払い戻しして改めて正しい額を今度は台湾ドルで支払うこととなりました。不意にミスがチャラになって僥倖です。
この日は台北を少し観光してからコンテスト会場のある台中に向かう予定でしたが、台風接近の影響で高速鉄道が午後計画運休となっていたため、早めに切り上げて台中入りすることになります。
桃園空港から台北の中心駅までは地下鉄の快速で約 20 分の距離で、地下鉄ながら地上を走る区間も長く、右を見れば山、左を見ればビル群という光景が面白かったです。向かう先は台北の高層タワーである台北 101 で、台北駅からさらにメトロ線に乗り継いでいきます。こちらの路線ではクレジットカードは使えず、用意してもらった現金を使ってコイン上の切符を買いました。タワーの麓には 11 時半頃に到着しますが、地下一階はおそらく観光客で溢れかえっていました。予約していた新幹線までさほど時間がなかったので、受付では 89 階までのファストパス (1,200 台湾ドル) と 101 階までの追加チケット (380 台湾ドル) を購入しましたが、1 台湾ドルが約 4.8 円であることを考えると割と高かったと思います。
101 階に行ける時間は 13 時から 14 時までだったので、先に地下のフードコートで食事を済ませます。私が行った店はメニューが中国語しかなく、値段を指し示す元が台湾ドルか中国の元のことなのか判別できませんでした (実際はちゃんと台湾ドルでした) が、辛うじて何かを注文できたので及第点です。各々食事を取り、12 時半頃に今度こそ 89 階へと行きます。高かったですが、ファストパスのおかげで 1 時間くらいの待ちを回避できたようです。

89 階では台北の市街を見下ろすことができてもちろん綺麗だったのですが、空気が汚くて淀んでいたのが少し残念だったというのが正直な感想です。その他では大谷翔平選手の 50-50 が至る所で崇め奉られていたのが印象的でした。

中のお店でマンゴースムージーを買ったのですが、前に並んでいたおばさんが勝手に私の支払いに対してクーポンを適用してきたのには本当に驚きました。自分としては安くなったのでありがたいのですが、あまりに不測の事態に唖然としました。13 時になったので、階段で 91 階に上がり、93 階でエレベーターを乗り継いで 101 階へと行きました。

101 階は全体が緑や草花で覆われており、昔は VIP 専用だったようです。台北 101 は高さ 508 m で、101 階の高さは約 460 m とスカイツリーの最高展望台よりも高いことや、日本では 4,000 m の塔や 10,000 m のマンションの建築計画がかつてあったことを E8 さんらから聞いて勉強になりました。
だいぶ道草を食って時間が切羽詰まったため、急いで降りて台北駅に戻ります。エレベーターで昇降時に E8 さんらがかかった時間を測っていたのが面白かったです (昇りの方が速かったらしいです)。午前中に指定席予約してもらった 14 時半前の高速鉄道で台中駅へと向かいます。16 時以降は台風で運休の予定となっていて、エコノミークラスで乗車できる便としては最も遅いものだったと記憶しています。
高速鉄道の台中駅からは改めて在来線の台中駅を目指します。台中駅が離れた位置に 2 種類あるのがややこしく、高速鉄道の台中駅に直結している在来線の駅は新烏日です。在来線台中駅までは約 10 分ですが、運賃は 15 NTD (約 70 円) であり日本と比べると圧倒的に安いです。その分本数は 20 分に一本程度なのですが。
ここから三連泊となるツインスターホテルにチェックインした後は小一時間休憩して食事を求めて市街へと繰り出します。

食事は街の良さそうな中華料理店に行きました。予約で結構人が埋まっていたようでしたが、19 時までという制限の下で 4 人で入ることができました。支払いが現金のみで E8 さんの手持ちが約 1,700 NTD でしたが、各々 1 品と 4 人で小籠包・海老餃子をシェアする形で 1,485 NTD だったので、色々な意味で味が良かったです。

食後は真っ直ぐホテルへと帰りましたが、綺麗な満月が覗いていて台風とは...という気分になりました。コンテスト本番は明後日ですが、当日の早起きに体を慣らすためにこの日は早く寝ます。
2 日目感想まとめ
- 来なかった台風に狂わされてあまり観光できなかった
- でも無事に台中入りできたので、コンテスト第一の観点からは良かった
大会 1 日目 (11/16 土)
いよいよ大会 1 日目で、この日は午後からリハーサルがあります。ホテルの朝食を食べてから 9 時頃くらいにホテルを発ち、辺りを少し歩いて回ってからバス集合の高速鉄道台中駅を目指します。ここで散策中に阪大メンバーの二人と偶然会い、泊まっているホテルや昨日の新幹線の運行状況について軽く情報共有をしました。
高速鉄道台中駅にはシャトルバスの発車 1 時間前に着いたので、そこで昼食を済ませる予定だったのですが、レストラン街が一風堂・すき家・大戸屋などの日本チェーン店のオンパレードだったためやむなく一風堂で食べることになりました。日本の店舗との違いはそんなにわからなかったですが、値段は高かったです。

出発ギリギリに ICPC 運営のシャトルバスに乗り込んで、会場のある亜洲大学に向かいます。当たり前ですが車内は台湾選手ばかりで、アウェーを思わされました。

大学には 12 時すぎに着いてチェックインと記念撮影をしたのは良かったですが、その後コンテスト会場が開くまで約 30 分ただ待機する時間があったのが退屈でした (特に、この日の午前 0 時発の便で来た早稲田勢は眠くて大変そうでした)。

横浜大会とは違って会場にはコーチの分の椅子はなく、体育館の後方 2 階席から眺める形でした。まるで授業参観を見に来た保護者みたいな感じです。開会式やルール説明が行われたあと、いよいよプラクティスコンテストが始まります。しかし用意されていた順位表はあいにく動いていなかったので、特にやることがなくて早稲田コーチの suzuken さんや阪大コーチの kotamanegi さんと駄弁ったり自転車マシンで遊んだりしていました。
プラクティスの内容は今年の台中国内予選の問題そのままだったようですが、我らが Screenwalkers が優勝していて流石でした (もっとも、台湾の上位チームはちゃんとは取り組んでいなかったようですが)。終了後は私も下に混じってコンテスタントと話をしましたが、E8 さん square さんが台湾チームからの人気を博していてその影響力の高さには驚きました。私もその流れに便乗して台湾選手とお話しさせてもらい、好きな日本人競技プログラマーを何人かに聞いた結果、上がったのは chokudai さん・双子・maspy さんでした。
最後に配布されたミールボックス (中身はパン) をもらって会場を後にしたのですが、どうやらシャトルバスは既に出発してしまったようです。早稲田勢・阪大勢は疲れて座り込んでいましたが、その際に聞いた「今年 3 月のベトナム・ハノイでのプレーオフでも寒空の下バスを待たされて、日本勢で地べたでカードゲームをした」という話が印象的でした。その他にもベトナムの交通事情はカオスで、歩いて 10 分のところをバスで 1 時間かかったり、歩道を歩いてたら後ろからバイクがクラクションを鳴らして来たこと、krps さんがホテルのスリッパのまま会場に行ったことなどが面白かったです。
待つこと約 30 分でバスが帰ってきてようやく乗り込みますが、2 人だけ定員オーバーになってコーチの私と kotamanegi さんだけ次のバスになりました。幸いこちらも 5 分後くらいに来たので特に問題なかった上に大型バスを 2 人で貸切することができて気持ちが良いものです。高速道路の上から見える台中市街の夜景も強く印象に残りました。

帰りの電車は 20 分遅れていたため、ホームで 30 分以上待つことになり、在来線台中駅に着く頃には 19 時半を回っていました。駅前のファストフード店で軽く食事を済ませては 20 時すぎにホテルに戻り、明日のコンテストに備えて風呂に入ったらすぐ寝ます。
3 日目感想まとめ
大会 2 日目 (11/17 日)
ついに大会本番当日が来ました。余裕を持って朝 5 時台に起き、身支度を済ませて 6 時半に出発します。高速鉄道台中駅のカフェで朝食を取って、今回は余裕を持ってシャトルバスに乗車。会場に着いてからは選手の荷物預けを行い、この日はすぐにコンテスト会場に入ることができました。しかし問題になったのがトイレットペーパー切れで、1 フロアのトイレで 1 つのペーパーを共有していたため地獄絵図が広がっていたようです。私は近くのコンビニのトイレを借りることで事なきを得ました。
コンテストは定刻の 9 時半に無事に始まり、この日は順位表が動いていてコーチ用の問題文も配布されたので、万全の状態で観戦できました。序盤は LGM の i_am_noob さん擁する NTU チーム std_abs が若干上回る形で Screenwalkers と上位を争っていて、中盤あたりで Screenwalkers が二完差をつけたところで安心して suzuken さん kotamanegi さんと一緒に昼食に行きます。台風でオンラインになる可能性があったのが嘘かのような見事な晴天で天気も 30 度近くあり、台湾に来てから一番の暑さでした。地元の飲食店に行ったので注文がかなり大変でしたが、餃子麺はコスパもよく美味しかったです (お茶が大量に砂糖が入っていてめちゃくちゃ甘かったですが)。

会場に戻ると std_abs が二問通して完数で追いついたところで順位表凍結されていて、優勝争いは混戦の様相を呈しています。早稲田の 2get もあと一問通せばプレーオフが見えてきそうです。kotamanegi さんは阪大はもうだめだと言っていました。凍結後提出を見て、これは通ってそうこれは通ってなさそうなど想像を巡らせているうちにコンテストが終了します。

我々もコンテスタント側に行って、2get と Screenwalkers の結果を聞きました。どちらも凍結後の提出で AC できたようで、特に Screenwalkers は時間差を考えれば優勝が確定していると教えてくれました。最難の N 問題を解いたときに E8 さんが泣き崩れたそうですが、上からは大量の風船で遮られて見えませんでした。何はともあれ、おめでたい限りです。

朝預けた荷物を回収してから大講堂に場所を移します。こんな綺麗な講堂がうちの大学にも欲しいものです。閉会式が終わったあと、いよいよお待ちかねの Yes/No が始まります。まずは各問題の FA 賞が授与されたのですが、Screenwalkers は凍結前で 5 個もらっていてウケました。110 チームあるうえに上位 10, 30, 60 チームはそれぞれ金、銀、銅メダルを表彰されるので、結構時間がかかりました。日本勢は全て銀メダル以上で素晴らしいです。早稲田はプレーオフに行ける見込みが高そうだったのも嬉しい報せです。最後は Screenwalkers と std_abs の決戦です。std_abs は凍結後に 1 問通して 12 完としましたが、Screenwalkers は 2 問通して 13 完だったのでここで優勝が確定します (改めておめでとうございます!)。厚かましくも表彰ではコーチの私も写りに行ったのですが、どうやら壇の中央にいたようでだいぶ目立ってしまっていたようです。

撮影の後は運営の方とお話しすることができました。WF でも頑張ってくださいということを言われましたが、実はまだ横浜の結果次第で WF に行けるかが変わるので、残念ながら苦笑せざるを得ませんでした。貰ったトロフィーと楯をしまってからビュッフェ会場へと向かいます。頭を使ったコンテスタントのことを考えてなのか安価だからなのかわかりませんが、炭水化物パーティーです。最後に早稲田・阪大と合わせて 3 チームで記念撮影をしました。
この日はちゃんと一巡目のシャトルバスに乗り込み、会津大を合わせた 4 チームで在来線台中駅の周りで観光に行きました。行った場所は第四信用合作社 (アイスクリーム屋) と夜市です。アイスクリームはダブルのサンデーで頼もうとしたところ、トリプルでも同じ値段だと言われてそうしたのですが、結構ボリューミーで最後は溶けてきて食べるのが大変でした。もちろんおしゃれなお店で美味しかったので満足です。

後半は夜市へ向かいます。歩いている途中早稲田勢の krps さん k1suxu さん suzuken さんとお話しできました。お二人が昨年横浜に出たチーム hot-k-k1 での hotman さんのエピソードや麺屋こころでの例の事件と、krps さんのベトナムスリッパ事件を見比べて、krps さんが hotman さんに似てきているという話を聞いて、全員卒業してしまった sociability の後継者が現れたことに感動しました。

夜市では krps さんと水餃子 10 個を買って食べます。krps さんは先程のアイスを食べすぎて吐きそうと言いながら食べたりと終始テンションがおかしくて、将来が心配で仕方ないです。腹の具合的にタージーパイが食べられなかったのだけ心残りとなりました。明日の観光には参加しないので、駅まで戻って日本勢とはここでお別れです。
Screenwalkers の FA 情報です pic.twitter.com/faJb7UObDv
— tokusakurai (@tkskri_kypr) 2024年11月17日
ホテルに戻った後は、KoD さんにも手伝ってもらって、7 枚の FA 賞の紙の部分だけ剥がして持って帰ってもらうことにしました。
4 日目感想まとめ
- Screenwalkers 優勝おめでとうございます!
- 夜は日本勢で観光できて楽しかった (kotamanegi さんがキャリーしていただいてとても助かりました)
- krps さん大丈夫?
大会翌日 (11/18 月)
5 日間の台湾もついに最終日を残すのみとなりました。トロフィーの寸法を測って、機内持ち込みに耐えるサイズであることを確認してから出発します。こういうときにやはり LCC ではない航空会社を使っていることのメリットが浮き彫りになります。
新幹線で空港まで移動し、お土産を買ってあとは帰るのみです。唯一の懸念材料であったトロフィーの機内持ち込みも無事に通って、つつがなく帰国できました。機内食のちいかわのマカロンが美味しかったことだけ注記しておきます。帰国後の税関だけあることを知らなかったですが、ここも特に問題ありませんでした。空港からは成田エクスプレスで豪遊して帰りました。
5 日目感想まとめ
- 優勝するつもりならトロフィーの処置を考えておくと良さそうです
まとめ
非常に充実した 5 日間でした。運営の方々や日本・台湾選手を始めとして、お世話になった皆様に感謝申し上げます。12/21・22 の横浜も楽しみです。
ノープラン北海道 (2024/09/09-12)
突然の思いつきで北海道に行った話です。
なぜ
お盆明けくらいから、会う人に「人生最後の夏休み」であることを指摘される回数が増えました。JAG 合宿や情報処理試験が後に控えていることを鑑みて、旅行に行くなら早めの方がいいと思ったので急遽行くことにしました。一回分だけ余ってた今季の 18 きっぷを消費したかったという意味もあります。ノープランだったのは、スカイメイト (後述) を使うためです。せっかく飛行機を使えるので、鉄道ではアクセスしにくい北海道にしました。
スカイメイトとは
日本航空 (JAL) の搭乗券を破格で買える革命的なサービスです。しかしながら無条件で使えるほど世の中甘くはなく、以下の 3 つの制約が存在します。
- JAL カードまたは JMB 会員である。
- 満 12 歳以上満 25 歳以下である。
- 搭乗日の午前 0 時以降に予約する。
1 つ目は簡単に満たせ、2 つ目は不可抗力です。3 つ目が難しいところで、いつ乗れるかが不透明であるため、動的に旅程を決定するのが好きな人にはおすすめです。どれくらい安いかというと、東京・羽田から札幌・新千歳まで片道 1 万円足らずで行けました。
利用にあたってもう 1 つ罠があります。そう、予約する前に空港のカウンターまたは郵送手続きで「お客様情報」を登録しないといけないという点です。私は当日になるまでこのことを知らず、羽田空港に行って初めて予約できるようになったため、時間をロスすることとなりました。
レギュレーション
実際に縛りプレイをしていた訳ではないですが、実際の結果では満たされていたので、後付けをしています。
- 飛行機及び宿泊の予約は、当日午前 0 時以降に行う
後先のことは考えず、毎日を貪欲に生きるというイメージです。
大まかなイメージ
事前の行きたい場所のイメージとして、新千歳から室蘭本線と函館本線を使って、室蘭・長万部・小樽・札幌の順にぐるりと一周し、3 泊 4 日程度で帰ってくるということを考えていました。行き当たりばったりなので、当然想定通りに行くはずもなく...。
実戦
0 日目
9/9 に日付が変わった午前 0 時、真っ先に JAL で新千歳行きのスカイメイトの便を検索する。空席がある最初の便は羽田 14:30 発。続いて 15:30, 16:30, ... の順で、遅くなるほど空きが多い状況であった。14:30 発だと到着は 16:00 になるので、遅いなあと思いながら仕方なしにこの便をポチる。「生年月日をご登録のうえ予約してください。」という表示が出る。JMB の会員になる際に生年月日を登録していて、カードも届いたので完全に油断していた。クレジットカードではないのでちゃんとした審査はされておらず、スカイメイトは年齢が超本質なので、言われてみれば当然の話だ。年齢確認をする方法を調べると、空港カウンターまたは郵送で身分証明書を提示するという 2 通りの手段があるらしい。こんなことなら郵送で事前に登録しておけばと後悔している間にも空席はみるみる埋まっていき、0 時半の時点で最速は 16:30 に。明日空港に行かないと始まらないので、何も考えずに寝ることにした。何も予約してなかったので、行けなかったら行かなければ良いという戦略を取れる点だけが心の拠り所である。かくして、何の成果も得られないまま 0 日目は終了。
1 日目
どうせ夜からしか動けないので、ゆっくり寝て 10 時頃に起床。空席状況を検索すると、昨日の時点では余裕のあった 16:30 の便が残り数席となっていた。行けるかもわからないし、行けたとしても新千歳に着くのが 19 時以降になることは必至である。羽田に行かないと何もできないので、昼を食べたら荷物をまとめて家を出る。
途中で暇つぶし用の本を買ったりした後、羽田空港には 13 時過ぎに到着。インフォメーションカウンターで聞いた JAL のカウンターに行くと、あっさり情報登録ができ、その場で予約もできた。搭乗するのはやはり 17:30 発 19:00 着の日本航空 525 便。
搭乗まで約 4 時間もあるので、空港内を探索することにした。インフォメーションカウンターで推された国際線の第三ターミナルに、ターミナル間を結ぶ無料送迎バスで向かう。タクシー乗り場や都心方面へ向かうバスが多々あり、バス停探しは非自明だった。約 5 分おきと山手線ばりの本数が運行されているにもかかわらず、車内は満員電車の様相を呈していた。第一ターミナルから第三ターミナルまでの移動時間も約 10 分かかり、大田区の 4 分の 1 を占める羽田空港の大きさを体感した。
PC を含む約 10 kg の荷物を背負って第三ターミナルに到着。第一ターミナルのカウンターで荷物を預けていれば良かったのだが、もう遅い。ラウンジで少し休憩した後、外国人向けで殿様商売な 4 階江戸小路を見物し、行きたかった 5 階展望デッキに向かった。デッキは晴れていて風通しも良くて居心地が良かったので、近くのカフェで飲み物を買ってしばらくここに居座ることに。他の writer が出題した JAG 合宿の問題を考察した後、16 時頃に退散。再び第一ターミナルに戻るが、ここでもバス停探しに苦戦し、二回ほど道を尋ねることになってしまった。

保安検査があっさり終わってしまったため生まれた暇を昼に買った本で潰していたら時間になったので、いよいよ飛行機に乗り込む。LCC に慣れた体にとって、JAL の広さ、機内設備の快適さはかえって新鮮だった。滑走路混雑のため 30 分遅れで出発。経験上北海道に行く飛行機は遅れるイメージがあったが、今回も多分に漏れない。飛行機に乗るときは、離陸の際の緊張感と着陸の際の安心感が私は好きである。機内では外をぼーっと眺めていたらあっという間に到着。到着間際の港湾、おそらく室蘭付近の綺麗な夜景が印象深い。
19 時半頃に新千歳空港に到着。すっかり日も暮れて少し肌寒い。もっと早く来れていれば室蘭まで行きたかったが、近辺で宿を探すことにした。選んだのは「ホテルウィングインターナショナル苫小牧」。料金は素泊まりで 9 千円と決して安くはなかったが、インバウンドの影響か 1 万円以下で泊まれる普通のホテルは数えるほどしかなかった。
千歳駅で千歳線に乗り換え、21 時頃に苫小牧駅に到着。北海道名物であるところのセイコーマートで食事を買ってからホテルに直行。余力があれば港の方まで散歩にいきたかったが、ロビーで柄の悪そうな方々が大声で喋っていて具合が悪くなったため断念。食事、シャワー、JAG 合宿の問題文校正の仕事を済ませ、いよいよ翌日の宿取りに着手する。

当初の予定では函館本線の長万部から小樽の間で宿を取りたかったのだが、いざ調べてみると最低価格で 1 万数千円してしまう。18 きっぷでそこそこ移動力があることをふまえ、函館、旭川、帯広など手広く調べてみたが、どこも同じような情勢だ。諦め半分で札幌を調べると、「ホテルルートイン札幌白石」が大浴場・朝食付きの 9 千円で残っていたので、迷わずそこに決定。1 万円切っているというだけで凄く安く見えてしまうのだから、夏の北海道は恐ろしい。さて札幌は室蘭本線と函館本線を乗り継いで行くにはあまりに遠いので、当初の予定を諦めて、「左辺を捨てて右辺で勝負する」方針に切り換えることにした。
宿取りで様々な可能性に思いを巡らせた結果頭が冴えてしまったので、テレビに備え付けの YouTube をだらだら見たりしてから午前 2 時頃に就寝。
2 日目
一人旅の朝は遅い。朝 9 時頃に起床してから身支度と大まかな旅程のイメージを済ませ、ギリギリの時間でチェックアウト。セイコーマートで 100 % りんごジュースを買って駅に向かったのだが、これが類を見ない美味しさだった。今夏 18 きっぷの最終日ということもあり、ここ苫小牧もキッパーで賑わいをみせている。この日の最初の目的地は登別。苫小牧から室蘭本線普通列車で室蘭方面に進み、約 40 分で到着。車窓からはいくつもの牧場と牛、馬が見え、北海道に来ていることを実感した。登別駅のホームは非常に長く、国鉄時代の、北海道鉄道全盛時代の、名残を感じられた。

温泉街はより内陸側にあるため、駅からさらにバスで 20 分程移動する。着いてからは、まずロープウェイを使ってクマ牧場を目指した。クマ牧場というのは聞いたことがなかったので興味津々である。
牧場では「アヒルの競争」という、キャッチーな名前をしているが実際には競馬のアヒルバージョンが行われていて人だかりができていたので私も参加することになった。レースに参加するアヒルには色のラベルがつけられており、競技プログラマーの私は問答無用で赤色の馬券ならぬアヒ券に 200 円をベット。レースが始まるやいなや赤のアヒルが先頭に躍り出て、いけると思いきや、飼育員が投げたエサに釣られて一気に後退。その隙をついた黒のアヒルに逆転優勝を許し、あえなく撃沈となった。黒のアヒ券を買っていた人も何人かいて、お金をもらっていたが、何円もらっていたのかは気になるところ。

完全にアヒルに気を取られてしまったが、ここの目玉はクマなのだ。エゾヒグマが飼育されているゾーンが雄と雌で 1 つずつあり、それぞれ約 5 匹ずつ飼育されている。ガラス越しで直に見える所では迫力があって怖いが、少し離れて餌やりされているのを見ると親しみが湧いてくるので不思議なものだ。これだけ至近距離でクマと対面できる場所も珍しい。もし山でそんなことがあったら即ち死である。

資料館を見てからロープウェイで街に引き返す。日帰り温泉の営業再開までまだ時間があったので、地獄谷を見に行った。登別温泉原泉の湧出地であるが、この日の湧き出しは控えめだったのが少し残念。奥まで行って引き返し、札幌ラーメン屋で腹ごしらえをしてから、目玉である温泉へと向かった。

この日行ったのは登別万世閣。温泉街にそこはかとなく漂う硫黄の香りから強酸性を想像していたが、それほど癖がなくて入りやすく、青みがかった白濁が特徴的だった。タオルレンタル込みで 1400 円で、綺麗で広い内湯・外湯に入れたので満足度が高い。事前にシャンプーやリンスを取ってから風呂場に行くシステムで、過剰に取って余してしまったことは反省...。
バスの時間まで少しだけ時間があったので、近くのミルキィーハウスでソフトクリームを食事。これは濃厚で分量も多く美味しかったのだが、バスの発車が秒読みだったため、あまり味わえなかった。次は余裕を持って来たい。
定刻のバスで登別駅まで引き返す。特に見所がなかったらもっと早く戻ろうと思っていたので、嬉しい誤算だ。再び室蘭線・千歳線を乗り継いで札幌・白石を目指す車内では翌日の宿を調べたが、やはりしっくりくるところはない。ちょうど日が暮れた頃に白石駅に到着。一旦ホテルで重荷を下ろしてから札幌の中心街へと繰り出すことにした。
白石は札幌駅から JR で二駅の位置であり、ホテルはその白石駅から徒歩 20 分となかなか険しい立地だった。夏の北海道で当日宿泊をするには、料金、立地、快適さ (プライバシー) の少なくとも一つは犠牲にしなければならない。札幌の住宅街を抜けてホテルに到着すると、一休みしてから再出発。目的地は札幌駅である。
再度駅まで戻り、電車に乗って札幌駅に到着。18 きっぷの恩恵で短区間でも気軽に乗れるのが地味にでかい。食事をしようと名前を聞いたことのある回転寿司屋のトリトンに行ったが、入店待ち多数のため既に打ち切られており、待つことすら許されなかった。営業終了間近の店も少なくなかったので、やむなく駅南側のフードコートで済ませることとなる。
食後は気分で駅前のカラオケ館に行った。何を歌っても採点の点数がほぼ同じなのでバグかと思いながら小一時間歌い続ける。ヒトカラは実は初めてなのだが、一人旅行の余興としてちょうどよく感じたので、明日もまた来ようかと思った。

外に出るとすっかり夜が更けていて、心なしか街の灯も少なくなっている気がした。いい頃合いなので、白石のホテルに帰宅。着いたのは 23 時頃だった。想像以上に一日楽しめたのでこのまま大浴場で風呂に入って就寝、と行きたいところだが、最後の宿取りをしなければならない。これがまた億劫な所で、小樽か札幌に泊まりたいが今日ぐらいの値段のホテルはないし、明日帰るのももったいなくて気が進まない。長考の末プライバシーを捨てて、札幌のカプセルホテル「ちょい寝ホテル札幌手稲」を選択。値段は過去最安の 5 千円だったが、不安は尽きない。が、そんなことを考えてもどうしようもない。この日もだらだらしてから 2 時頃に就寝。長い一日だった。
3 日目
いつも通り 9 時に起床し、ホテルのビュッフェで食事をしてから出発。そんなにだらだらしたつもりはなかったが、チェックアウトした後スマホを見ると 10 時ちょうどで冷や汗をかいた。札幌駅でコインロッカーに荷物を預けた後、快速エアポート号で小樽を目指して再出発。小樽までは 40 km 40 分で、本数も多くて便が良い。ギリギリの時間に乗り込んだ車内は乗車率 8 割といったところで、小樽の人気ぶりを感じる。車内では lichess のタクティクスをやって、不正解を繰り返して瞬く間にレートを溶かした。負けると勝つまでやりたくなってしまう性分なので、こういうのを旅行中にやってしまうのをやめたい。
駅に着くと、とりあえず海の方に向かって歩いた。小樽の地理については何も知らなかったが、どの辺りが賑わっているかは経験則でわかる。進んでいくと突然廃線跡が現れ、鉄道好きとしては胸が小躍りした。ただ、このときは人が多かったのでまた後で来ることに。さらに進むと運河があり、岸にはレンガ造りの倉庫が立ち並んでいた。いかにも観光地ですというような場所だ。ここから奥は明らかに人が少なくなっていたのだが、気になったので一応海まで進んでみる。そこには埠頭があったという当然の結果だったのだが、空いていて海風も心地よかった。こういう観光地の裏スポット的な場所は好きだ。

雲が淀んでいた午前とは裏腹に午後は時折晴れ間が差し込む。運河の隣の道まで戻って、南に足を進める。食事をしていなかったので、海鮮丼の店が立ち並ぶエリアから適当に選んだ店に入った。3 千円の海鮮 10 種盛りみたいなのを注文。写真で見ると何の変哲もない海鮮丼なのだが、嚙み切るのも容易ならざるほどの肉の厚さには驚かされた。これが北海道の魚かと思った次第である。

方向もよくわからず適当に歩いていると、日銀を始めとした様々な銀行の旧支店が立ち並ぶ場所に来ていた。5 年前に同じ北海道の港町である釧路に行ったときに日銀支店があったのを思い出したが、何か関係があるのかはわからない。ともかく、先ほどの廃線跡、運河の倉庫も合わせて、明治から昭和にかけての小樽の経済的な繁栄を感じられる場所だった。
どうやら北に進んでいたようで元の場所に戻ってしまったため、来た道を再度南下。すると、明らかに観光のメインストリートであるような場所に辿り着く。涼しさや雰囲気からどことなく軽井沢を想起したのは私だけだろうか。この通りでは、ルタオや北菓楼などの名だたる洋菓子店の本店が立ち並ぶ壮観が何より印象的だった。ルタオで試食したチーズ入りのラングドシャがシンプルに美味しかったのでお土産として購入。値段や常温保存可能性という観点からもちょうど良かった。
最深部には小樽オルゴール堂が聳え立つ。結論から言うとここがとても良くて、小樽に来て良かったと思わされるような場所だった。館は三階建てで、一階はオーソドックスなオルゴールが、二階と三階はジブリなどのキャラクターと関連したオルゴールが展示されている。数は夥しく、しかも自由に触って鳴らせるのだからこの上ない。上についたネジを回す一番シンプルなもの、箱型になっていて閉じると中断されるもの、紐を引くタイプのもの、車型になっていて鳴りながら走るもの、底のネジを回すと台座が回るものなど、多種多様なオルゴールがある。音色、妙に平成世代にマッチした曲選、ネジを回すと音が鳴るというシンプルなからくりに心を擽られ、隅から隅まで鳴らして遊んだ。さんざん遊んでおいて何も買わないのも心苦しいが、また機会があれば来たい。

メインストリートを後にし、山側の商店街らしき場所を見に行ったのだが、こちらは寂れているとまでは言わなくとも完全に人気がなく、まさに光と影という感があった。そのまま突っ切って駅まで戻ってもまだ 15 時だったので、改めて廃線跡を見に行くことに。ここは小樽市の旧手宮駅と現在の函館本線南小樽駅を結んでいた貨物線で、1880 年に開業して 1985 年に廃線となったようだ。廃線跡に来ると、やはり線路のど真ん中を歩いて Stand by Me をするのが楽しい。線路の末端まで行くことはできなかったが、旧手宮駅や南小樽駅まで残っているのかは気になるところ。

15 時半発の快速列車で小樽を後にし、札幌へと戻る。電車は相も変わらず立席で、地元民の会話に耳をそばだてたり夕食のことを考えてたらあっという間に札幌に到着。空はまだ明るいが、並ばなくてもいいというアドバンテージを活かすべく早々に食事をすることにした。少考の末行ったのは「札幌ザンギ本舗」。ボリューミーなザンギ 4 つと小鉢 2 つもついて、900 円でいいの?というのが率直な感で、店員さんの愛想も良くて非の打ち所がなかった。

食事に成功してからは、東京を出る前に友人に勧められたサッポロビール博物館へ赴く。余談だが、こちらへ行く道中に昨日訪れたトリトンがあり、17 時の時点で既に外待ちが発生しているのを見て笑ってしまった。博物館は上から下に降りていくシステムで、上の階でサッポロビールの歴史の展示を見た後、下の階の試飲会場で飲むという流れになっている。サッポロビールは、ドイツのビール製造法を真似して北海道でやってみたら、独特の風味が出て発展したらしい。試飲ではサッポロビールクラシック 240 mL で優勝。アルコール度数は 5 % だったが、酒の弱さに定評のある私でも全く酔わなかったところに質の良さを感じた。おつまみなしでも飲みやすく、満足である。

館を出るとちょうど日が暮れて、レンガ造りの建物群と橙色の照明が情緒的な雰囲気を醸し出している。ここからは札幌大通りを目指す。真南に足を進めると、大通りらしき道とクロスするが、この時点では写真でよく見るような場所ではない。さらに西に進むと、すっかり暗くなった空に一際目立つテレビ塔が映る。このテレビ塔には展望台があるので早速登る。約 90 m の高さから望む札幌の夜景は綺麗だった。視界の奥まで住宅街が広がる東側、すすきのの歓楽街が眩しい南側、大通りが中央に構える西側、オフィス街の北側と、見る方向によって全然違う景色を味わえる。人口 190 万人を抱える札幌市の規模を体感できた。

日課のカラオケ館に向かおうと札幌駅の目の前を歩いていたところ、見覚えのある人と目が合う。北大の同学年競技プログラマーの itigo さんっぽいなと思った瞬間には ICPC 横浜の青 T シャツを着ているのを認知して、確信に変わった。勢い話しかけてみるとドンピシャで、こちらの顔は覚えられていなかったものの「tokusakurai です」と名乗るとすぐに認知してもらえた。昨年の JAG 合宿で一言二言喋っただけなのだが、すぐに打ち解けて周辺の散歩に連れていってくれて嬉しかった。大通り沿いを歩きながら、ネカフェやカラオケでの夜の明かし方、札幌に存在する座標系、そこかしこで開かれる屋台祭り、就職先、北大の競プロ事情などの話をして非常に楽しかった。最後は時計台を経由して 21 時前に札幌駅で解散。あまりに突然の出来事だったが、あそこで機を逃さずに声をかけられて良かった。ここしかないというタイミングをしっかり掴めるように生きていきたいものだ。
朝コインロッカーに預けた荷物を忘れずに回収し、宿のある手稲に向かう。札幌駅から普通列車で 20 分の距離にある手稲駅は、札幌市手稲区に属する。宿は二段形式の木でできたカプセルホテルで、布団の隣に荷物を置く場所があって十分な広さだった。言うなれば、寝台特急サンライズ号ののびのび座席をそのままバージョンアップさせた感じである。利用者は私のような限界大学生が多いのかと想像していたが、中年以上の方が多くて意表を突かれた。共用のシャワールームが 2 つと洗面所 3 つ、各人が使えるロッカーなどの設備は十分で、人が増える前にとシャワーを済ませた。
3 日後から JAG 合宿があるので、明日には帰るつもり。スカイメイトの予約は日付が変わってからであり、イヤホンも持ってきてなかったので、1 時間ほど本を読んで暇を持て余した。0 時を回った瞬間に検索をかけると、新千歳を出る予約可能な最も遅い便は 15:10。想定より大分早かったが、ないものをねだってもしょうがない。疲れたしやれることもないのでそのまま就寝。
4 日目
長いような短いようなでついに最終日を迎える。9 時を過ぎ、多くの人が出て行って空いた洗面所で身支度を済ませてからまたもやギリギリの時間でチェックアウト。itigo さんから「ていね温泉ほのか」の休憩処で泊まれることを教わったので、次はこちらに来てみたい。手稲駅では地元のパンが売られていたので 1 つ購入。おまけでつけてくれたパンが買ったものより分量が多くて面白かった。時間の都合で札幌を割愛して千歳に直行。本当は 1 日目に行こうと思っていた千歳水族館へと向かう。
水族館は千歳駅から歩いて 10 分強の場所にある。ここの一番の売りはサケで、隣を流れる千歳川に直に面した水槽もある。他の魚と見比べて、サケは長くて鋭い顎が特徴的だ。時期が良ければサケの遡上が見られるそうだが、この日見られたのはウグイだけだった。隣の道の駅では鮭の海鮮丼を食事。水族館は空いていたが、こちらは混んでいて 10 分以上待たされたように思う。


千歳駅から新千歳空港までは二駅と程近い。出発 1 時間半前に新千歳空港に到着。発着する便の行き先を見ていると、国内線では北海道・東北、国際線では中国・韓国が多かった。土産を買い足してから搭乗。帰りは 10 分程度の遅れで無事に到着。京急蒲田から東急に向けて歩いているだけで汗が湧き出てきたところで、東京に戻ってきたことを実感した。
感想
ぱぱっと済ませようと思っていたのに、今回も一万字コースになってしまった...。スカイメイトとノープラン旅行は相性抜群なので、また思い立ったときにやりたいです。
瀬戸内しまなみ海道 (2024/07/28-29)
瀬戸内しまなみ海道を自転車で走破したという話です。
瀬戸内しまなみ海道
瀬戸内しまなみ海道は、四国愛媛県今治市と本州広島県尾道市を、途中瀬戸内海上の 6 つの離島を経由して結ぶ全長約 70 km の道路です。本州と四国を結ぶ陸上の道としては他に明石海峡大橋と鉄道も通る瀬戸大橋がありますが、サイクリングロードが併設されているのはしまなみ海道に特有です。

今回は、前日 7/27(土) に松山まで移動し、7/28(日) から 29(月) の 2 日間にかけて、今治から尾道のルートをレンタサイクルで走行しました。
レンタサイクル
しまなみジャパンのレンタサイクルを利用しました。こちらは今治・尾道の他に経由する島にも貸出拠点があり、どこからでもレンタルと返却ができます。海道の途中で力尽きても、そこで返却してフェリーで渡るという選択肢も取れるようになっています。今回はロードバイクを借りたため、利用料金は 1 日あたり 3,000 円で、合計 6,000 円でした。
荷物の配送
しまなみ海道を渡った後もしばらく旅行を続ける予定で来たので、必要最低限以外の荷物は本州側に送る必要があり、ヤマト運輸を利用しました。今治と尾道の両駅の徒歩圏内にヤマト運輸の営業所があったので、営業所から営業所への配達をしてもらいました。もちろん配送の料金はかかりますが、走行中の荷物が軽くなったのはかなり大きかったと思います。
経由する離島
経由する島は、今治から尾道方面の順に、大島、伯方島、大三島、生口島、因島、向島の 6 つです。1 日目に今治から生口島まで行って宿泊し、2 日目は生口島から向島まで行き、最後の向島と尾道の橋は自動車専用なのでフェリーを使いました。
1 日目
朝 7 時半頃に起床し、松山を出発。今治駅についてからヤマト運輸に荷物を預けに行って、10 時頃にスタートした。
今治から大島
今治のレンタサイクル営業所を出てすぐのところからサイクリングロードは始まっていて、道路の脇にサイクリングロードであることを示す青い線が描かれていた。ロードバイクに乗るのは初めてで最初はバランスの取り方に苦労したが、すぐに慣れてその圧倒的な軽快さに魅了された。前輪は 2 段階、後輪は 8 段階でギアを変えることができる仕様で、大島へとつながる来島海峡大橋までの約 5 km はギアを上げて快走した。前輪のギアは左に、後輪は右についていたのだが、ギアを上げるときに押す方向が左右で異なるのが非自明に感じた。
橋の袂まで来ると、高度を上げるためのループ状の坂道が始まる。島を発つ際に橋を渡るために坂道を登って高度を上げ、島に下りるときは逆に坂道を下るという構図は、ここから最後までずっと変わらない。この坂道の繰り返しがしまなみ海道走破に向けての難所となる。
来島海峡大橋は、実はしまなみ海道の橋の中で最も高度が高かったのだが、まだ走り始めで十分な体力があったことからそれほど苦労はしなかった。やはりロードバイクの軽さと車輪のでかさはママチャリとは一線を画している。

当日の快晴、35 度を優に超える気温、坂道が相まって汗まみれとなった体を冷やす、平坦な橋の上を走っているときの海風は心地が良い。橋の中央を超えると下り坂が続き、登るときの苦労が嘘かのように爆走して島まで下りる。
大島から伯方島
大島は、経由する島の中では海道との共通部分が最も長く、島の中にある峠を越える必要もある。島に到着した後、スーパーで飲み物を調達しに行ったのだが、そこで地元の方からギアが外れたときの対処法を教わったのが非常に有益だった。後輪を回してチェーンを弛ませ、上側を引っ掛けるとのことである。
この大島の峠はしまなみ海道での最大の山場であると感じた。というのは、そこそこな傾斜の坂道が一直線上に続いて終わりが見えず、ループ状の坂道とは違って木陰もないためじりじりと焼かれるような感覚になったからである。
辛うじて峠を越えると、次の伯方・大島大橋に差し掛かる。このあたりが、橋を上って下りて島を渡ってというサイクルを体が理解し始める頃合いとなる。
伯方島から大三島
今治を出て 2 番目に着く島が、伯方の塩で有名な伯方島である。正午を過ぎていたので、道の駅に寄って食事。名産の塩を使った伯方の塩ラーメンを頂いた。これだけ汗をかいたので今日は塩分フリーデイである。

食後は隣接するビーチで海水浴、する準備を用意していなかったので、裾をめくって足だけ海水に浸った。もっとも、同行者の一人は服を着たまま全身浸かって泳いでいたのだが。多くの海水浴客が押し寄せていたが、瀬戸内海の離島ということもあって暖かく澄んだ水質が評価されているのであろう。
次の大三島橋までは程ない道のりとなる。

大三島から生口島
大三島は経由する島の中で最も大きいが、途中はどこにも寄らず黙々と漕ぎ進める。次の生口島とを結ぶ多々羅大橋の手前のフードコートつき土産処に立ち寄り、一服と記念撮影をしてから 1 日目の最終目的地である生口島に向けて再出発。時刻は 15 時前で、照りはピークを越していて幾分か走りやすくなっていた。

1 日目最後の橋上りだったが、この頃には既に坂道を上る際に自分にとって最適なギア (前輪が 1、後輪が 5, 6) を見つけており、最初と比べて高速かつ楽に上れるようになっていた。

生口島
しまなみ海道は島の東側を通るのに対し、この日の宿は西側に位置していたので、しばし海道と別れることに。生口島にも海水浴場があり、伯方島で服ごとダイブした彼がまた入りたいというので私も付き合うことにし、他の人たちとは別行動となった。私もここでは泳ごうと思い上の服だけ脱いだのだが、伯方島の海よりも冷たかったのでなかなかダイブする気になれなかった。時間をかけて少しずつ着水していき、最終的には全身浸かって設置されている浮島まで泳いだ。海に入るのは久しぶりで、泳ぎに難はないものの足場がないというのはプールでは味わえない感覚である。カップルや陽気なグループ客ばかりの中、我々は着衣したまま何をやっているのだろうか。

宿
しばらく浮島で屯した後、灼熱の砂浜を素足で渡り、サイクリングを再開。Airbnb で取ってもらった宿に一直線に向かった。宿では皆と合流し、初手入浴。皆疲れていたので、食事は地元のスーパーに買い出ししに行き、焼いて食べる用の豚肉・鶏肉と人数分のカップ焼きそば U.F.O. 爆盛り、明朝の食事を購入。宿のフライパンを使って焼きそばパーティーの様相を呈したが、U.F.O. の量が多くて最後は完全に食傷になった。
寝室は 2 つあったが、同じ部屋の人達はすぐ寝てしまったため、無駄に元気が有り余っていた私は別の部屋に行って雑談をした後、0 時 30 分頃に就寝。
2 日目
この日は訳あって 8 時頃に起床したが、出発したのは 10 時頃。脚は特に問題がなかったが、上半身に少し筋肉痛があった。
生口島から因島
1 日目に約 50 km 走ったので、残りは約 1/3 の 25 km。1 日走って走り方のコツを掴んだこともあって、ここからはサクサク進む。生口橋を渡り、次の島はもう尾道側から数えて 2 つ目である因島となる。
因島から向島
因島でも寄り道せずに最後の向島までノンストップで走り続けたが、傍目でも柑橘類の八朔の名産地であることがわかった。さらに、ここ因島は囲碁の本因坊秀策の出身地でもあり、記念館もあるようだった。今回は立ち寄ることができなかったが、またの機会があればぜひ寄っておきたい島である。
向島から先はフェリーなこともあり、自転車で渡るのはこの因島大橋がラスト。
向島から尾道
尾道まであとわずかとなった。しまなみ海道の車道は尾道駅より大きく東に逸れた尾道大橋を通るのだが、自転車では通れない。代替手段として、尾道駅のちょうど対岸にある港から自転車を載せてフェリーに乗ることとなる。
向島は割に大きく、フェリー港まで約 10 km 程あったが、ここまで来ればウイニングランに他ならない。実際には小一時間ほどかかっていたようであるが。フェリーは約 10 分に一本という頻度で運航しており、料金も自転車を合わせて 110 円と非常に安い。走行距離自体も数百メートルと短く、地元の高校生の足となっていることがわかった。

尾道に到着した後は自転車を返却し、2 日間に及んだサイクリングもついに終了となった。
感想
当初の想定では猛暑と坂の上下で走破できないのではないかと思っていた部分もあったのですが、実際にやってみると風も涼しくて下り坂は楽なので意外と余力がありました。しまなみ海道サイクリングの通行料無料は 2026 年 3 月までらしいので、これを見ている方はぜひお早めに行きましょう。
甲斐大和駅周辺散策 (2024/07/09)
大菩薩嶺に登るために甲斐大和駅からバスで登山口まで行こうとしたところ、バスが全日運休の日だったという話です。
大菩薩嶺とは?
山梨県甲州市と丹波山村にある標高 2057 m の山です。登山口が標高 1600 m の位置にあり、約 4 時間で山頂まで往復できる初心者向けの登山コースがあります。昨年の 8 月に碓氷峠を越えたのを大学の同期に知られてしまい、今回は登山に誘われました。
登山口までのアクセス

甲州市は大月市と甲府市の間に位置しています。JR 中央本線の駅で言うと、甲斐大和 (地図中 B)、勝沼ぶどう郷、塩山 (地図中 A) の 3 つがあります。登山口のある上日川峠には、甲斐大和駅から栄和交通のバスが出ています。
都内から電車で行くと、新宿から高尾まで約 40 分、高尾から甲斐大和まで約 1 時間、甲斐大和から上日川峠まで約 40 分で、乗り継ぎが良ければ 2 時間半くらいで着けます。ただし、朝のバスは平日で 8:10, 9:50 の 2 本、休日でも 8:10, 9:20, 9:50 の 3 本しかないので、日帰りで行く場合は朝早く出発する必要があります。土休日は毎日運行していますが、平日は運行日が決まっていることにも注意が必要です。
当日の予定
朝 8 時前に高尾駅で集合して、高尾 8:01 発の中央線甲府行に乗って 9:04 に甲斐大和駅に着き、9:20 発のバスに乗る予定でした。実際は、京王線の遅延の影響で同行者の高尾到着が遅れたため、40 分後の甲府行に乗ることになります。この時に漸くバスのダイヤが平日と土休日で違うことに気づきましたが、どのみち乗ることになるであろう 9:50 分発のバスは平日も運行しているので、特に問題ないだろうと思っていました。
列車は 3 分遅れで 9:44 に甲斐大和駅に到着します。駅前の広場にあるバス停でバスを待っていたところ、同じく登山客であろうおばさんから「今日はバスは運行していない」と言われ、そこで初めて平日は毎日運行してるわけではないことに気づきます。
代替案として、塩山駅からも登山口に向かうバスが出ていることを教えてもらいましたが、その行先は上日川峠とは別の登山口で、より山頂から離れているため、登山を断念して甲斐大和駅周辺でハイキングをすることになりました。
ハイキングコース
以下の地図の経路が実際歩いた経路になります。

A は甲斐大和駅、B は景徳院、C は竜門峡入口、D はやまと天目山温泉です。
甲斐大和駅から景徳院
甲州市の中心駅は塩山駅で、駅前は閑散としています。駅前では、広場にある武田勝頼公の銅像が一際目を引きました。武田勝頼が自害し、事実上武田家が終焉した地がこの近辺の田野という地区であり、それを語り継ぐために銅像が作られたようです。広場の前の坂を上るとすぐそこに甲州市立大和中学校がありましたが、人がいる気配はありません。どうやら、数年前に統廃合によって廃校となったようです。

景徳院・竜門峡方面へ続く道は、県道と林道の 2 つがあります。そこで、行きは林道、帰りは県道で行こうと考えていましたが、林道が工事により通行止めになっていたため、やむなく県道を往くこととなりました。景徳院までは 2-3 km の緩やかな坂道となっています。
景徳院から竜門峡入口
景徳院は、田野で自害した武田勝頼やその親族を弔うために、徳川家康の命で建立されたもので、墓や自害の際に座ったとされる生害石があります。その他にも、この周辺は大きい墓地が複数ありました。
景徳院を後にすると、登山用に買ったおにぎりを食べてから竜門峡へと向かいます。道中には、「蕎麦切り発祥の地 甲州市」を謳う蕎麦屋があったのが印象強いです。蕎麦切りというのは現在でいうところの通常の蕎麦で、昔は蕎麦がきや蕎麦餅として食べられていたところ、麵にして食べるというのは画期的だったようです。
竜門峡入口までは日川の横を約 1 km の道のりです。
竜門峡入口からやまと天目山温泉
竜門峡に入って、ここから先はいよいよハイキングらしいコースとなります。遊歩道の入口には熊注意の看板がありましたが、やはり山となると熊は避けては通れません。

遊歩道では、最初は日川の上を歩きます。川が近くを流れていると、せせらぎも相まってとても涼しく感じられるものです。しばらく進むと下り道になり、川まで降りることができます。

川の流れは急で、渡るのにも一苦労しましたが、その分川の真ん中に立ったときは迫力を感じられました。こうして川に触れていると、子供の頃に地元の川に入って遊んでいたことが思い出されます。

その後も渡るのが不安になるような橋や坂を上りながら川沿いを進み、最後に斜面を登ると再び県道に出ます。ハイキングでちょうどよく汗を流したところに温泉があったので、迷わず入ります。
やまと天目山温泉
温泉は料金 520 円で露天風呂もついていて、非常に満足のいくものでした。pH 10.3 の高アルカリ性で肌がぬるぬるする泉質と 35 度程度の適度なぬるさが相まって、彼此 1 時間近く入っていたと思います。
風呂を上がった後は、友人が持参していた非常食用のドライカレー (大学で余った分を配ってるやつ) を、魔法瓶で運んでもらったお湯を使って作りました。しっかりとカレーの風味があって思っていたより美味しかったですが、味は単調でボリュームがあるため最後の方はやや食傷気味になりました。

食後は眠気に襲われて小一時間横になった後、17 時頃になって温泉を後にします。温泉にいる間、雨がぱらついていたようでした。
帰り道
帰りは甲斐大和駅まで国道に沿って直線で向かいます。日が暮れてきて少し肌寒いくらいでした。往路は紆余曲折合ってかなり時間がかかりましたが、復路は呆気ないくらいにあっという間でした。

甲斐大和駅のホームに着くと、綺麗な円形の虹がかかっていました。
感想
まさかのバス運休で想定とは全く違うことになりましたが、こういう行き当たりばったりな時こそ旅行は面白いともいえるので、今回は非常に良い経験になったと思います。甲斐大和駅周辺も、歴史と自然が交錯していて楽しめました。